廃止が迫った頃の谷汲線 2 谷汲~(結城)~長瀬 1谷汲駅へ 3長瀬へ 4赤石へ 昭和40年代へ
谷汲線(26) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 谷汲駅を出発してすぐに、木のトンネルのような所↓があり、そこを潜ってきたモ750形752号です。 木の上にも雪がたくさん積もっていました。 左の写真の上にマウスカーソルを持っていくと、画像が変化します! フォトショップエレメンツのフィルター(放射状ぼかし)を使いました |
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谷汲線(27) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 上の写真の次の列車です。 2両連結で、先頭がモ704号でした。 このモ700形と、その改良型のモ750形は、昭和初期の名鉄を代表する電車です。 共に、晩年は揖斐・谷汲線へ転属し、そこが最後の職場となりました。 700形は片運転台化されていましたので、単行運転ができませんでした。 →Wiki名鉄・デセホ700形 |
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谷汲線(28) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 上の写真(27)の列車の後ろ姿です。 ク2327号でした。 元愛電の特急車・電7形と同時にできた附3形サハ2020が振り出しで→ク2021→モ3210→ク2327という経歴をたどったようです。 →Wiki愛電・電7形 名岐線を走った700形と、愛電線を走った2320形が仲良く連結して走っていました。 |
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谷汲線(29) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 ク2327+モ704です。 電車の右側が、結城駅跡です。 結城駅は1990(平成2)年に廃止されました。 結城駅現役時代の写真は →昭和40年代の谷汲線2 をご覧ください。 |
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谷汲線(30) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 上の写真(29)の続きで、通り過ぎた後に同じ場所から振り返って撮りました。 |
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谷汲線(31) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 上の写真(29)の逆方向から見ています。 電車の手前左側が結城駅跡です。 電車の右に石灯籠が写っていますが、そこが結城神社の参道です。 |
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谷汲線(32) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 結城神社の参道です。 本殿を背に撮りました。 二つ目の石灯籠の所に、谷汲線の踏切がありました。 |
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谷汲線(33・34) 谷汲~長瀬 1995(H7).1.15 結城神社の少し長瀬寄りで、柿の実の赤色と一緒に撮りました。 |
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谷汲~長瀬間の1/5万地図です。 谷汲線を赤でなぞり、この頁の撮影ポイントを●印で記入し、写真番号を青字で記入しました。 左の地図は、国土地理院1/5万 「谷汲」1967(S42).9.30発行に追記 |
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谷汲線(35) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 新緑の頃、緑色に赤い電車が映えました。 750形が赤色になった頃は、○○の厚化粧という感じであまり好きになれませんでしたが、見慣れると白い雪や薄紅の桜、新緑の木々にも映える色で、結果的に良かったかもしれません! 上の写真(26・27)と同じ場所で撮りました。 |
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谷汲線(36) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 すぐ上の写真(35)の場所から振り返ると、こんな景色です。 |
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谷汲線(37) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 結城神社の参道から谷汲方向を眺めるとこんな景色で、竹藪もありました。 |
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谷汲線(38) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 上の写真(31)と同じ場所です。 電車の手前左側が結城駅跡です。 |
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谷汲線(39) 谷汲~長瀬 1998(H10).4.5 菜の花畑です。 黄色い菜の花にも赤い電車は似合いました。 750形(左)+700形(右)の2連です。 この日は700形のさよなら運転が行われ、700形の先頭に記念のヘッドマークを付けていました。 谷汲駅から林を抜けて来たところに築堤があり、谷汲線の撮影ポイント(お立ち台)になっていました。 |
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谷汲線(40) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 田植えが済んだばかりの田圃です。 水を張った田圃から苗が顔を出したのが、一番美しい田園風景だと私は思います。 この年の秋に谷汲線は廃止されましたので、この年は何度も谷汲線を訪問しました。 |
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谷汲線(41) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 田植えの終わった田圃の向こうに、谷汲から戻って来た電車が通りました。 |
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谷汲線(42) 谷汲~長瀬 2001(H13).5.5 田植えをしていたおばさんが、一休みして赤い電車を眺めます。 |
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谷汲線(43) 谷汲~長瀬 2001(H13).7.1 上の写真(41)と同じ場所ですが、田植えから約2ヶ月経過し、田圃も青々としてきました。 この日、揖斐線の黒野~忠節間で750形3重連のイベント列車が走りましたので、谷汲線へ510形が入りました。 |
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谷汲線(44) 谷汲~長瀬 2001(H13).7.1 揖斐線3重連イベントを終えた750形が2連で谷汲線へ戻って来ました。 |
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谷汲線(45) 谷汲~長瀬 2001(H13).8.18 上の写真(43)から更に1ヶ月半経ちました。黄色くなった稲穂がお出迎えです。 |
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谷汲線(46) 谷汲~長瀬 2001(H13).8.18 黄色い稲穂と赤白の510形です。 谷汲線も残り1ヶ月半を切りました。 |
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谷汲線(47) 谷汲~長瀬 2001(H13).9.29 谷汲線も残すところ、あと1日となりました。 お名残乗車で車内は満員でした。 沿線にも大勢のファンが詰めかけました。 |
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谷汲線(48) 谷汲~長瀬 2001(H13).9.29 この翌日が営業最終日でしたが、諸般の事情で谷汲線まで行かなかったので、これが私が谷汲線(現役時代)で撮った最後の写真です。 ↓谷汲線(49) 谷汲~長瀬 1999(H11).1.10 左の写真の少し長瀬寄りです。廃止の2年半前の大雪が降った日に出かけました。 次の頁には、↓この場所から長瀬方面の写真を掲載します。 |
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2017(H29).1.30up | |
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参考図書: 「名古屋鉄道社史」 1961(昭和36)年5月 名古屋鉄道発行
「写真が語る名鉄80年」 1975(昭和50)年3月 名古屋鉄道発行
「名古屋鉄道百年史」 1994(平成6)年6月 名古屋鉄道発行