津島軽便堂写真館

立山砂防軌道4/4  樺平→千寿ヶ原    1:千寿ヶ原入換   2:千寿ヶ原SB  3:千寿ヶ原→樺平

立山砂防(35)

樺平 1972(S47).8.25

続行運転の貨物列車が次々と樺平へ到着しました。

先行した貨物列車も貨車を切り放して、写真右の留置線へ留置しました。
そのため、当時あまり知識の無かった私は、ここが立山砂防軌道の終点だと思い込んでしまいました。

(ここから立山砂防のハイライト18段連続スイッチバックが始まっていたのですが、それを知らなかったということは、鉄道模型趣味282号の北市正弘さんの記事をしっかり読んでいなかったことになります)
 
立山砂防(36)

樺平 1972(S47).8.25

樺平で折返しの千寿ヶ原行きまで少し時間があったので、構内を歩き写真を撮りました。

車庫のような建物です。車両の大きさに比べ入口の高さが妙に高いです。
この建物から索道で砂防ダム建設現場へ資材を輸送していたかもしれません。
 
立山砂防(37)

樺平SB 1972(S47).8.25

しばらくすると、上の方からエンジン音が聞こえてきました。
見上げると山の上までスイッチバックがあり、貨物列車が続々と下りてきました。
このとき、線路がまだ奥までつながっていることに気付きました。

終点の水谷から山を下りてくる列車でした。列車が見えてから、18段のスイッチバックを見え隠れしながら折返し、樺平まで到着するのに相当な時間がかかりました。

左の写真の列車は、機関車の向きからすると山を登る列車のように見えますが、積荷が空であることから山を下りる列車だと思います・・・たぶん?

←立山砂防(38)

樺平SB 1972(S47).8.25

客車と貨車をつないだ列車も下りてきました。

客車と貨車あわせて5両つないでいます。スイッチバックの有効長は大丈夫かな?

 ↓立山砂防(39)

 樺平 1972(S47).8.25

 水谷から降りてきた列車も、ここ樺平で小休止しました。
 これから千寿ヶ原に向けて(この背面方向)、間もなく出発します。
 
←立山砂防(40)

樺平 1972(S47).8.25

千寿ヶ原に向けて出発準備が整った露払いの先頭列車です。
↓立山砂防(41)

樺平出発直後 1972(S47).8.25

私が便乗した帰りの客車列車は3番目に出発しました。

立山砂防(42)

樺平→鬼ヶ城 1972(S47).8.25

左の2段スイッチバックは、樺平から戻るときの最初のサブ谷スイッチバックと思われます。(→路線図)

先行する貨物列車と単機の2列車が走ります。
←立山砂防(43)

樺平→桑谷 1972(S47).8.25

何処のスイッチバックかわかりませんが4段ですから、七郎or妙寿バックということになります。単機が貨物列車を追い越したようです。
↓立山砂防(44)

中小屋 1972(S47).8.25

中小屋連絡所から連絡員のおばさんが乗り込みました。
立山砂防(45)

千寿ヶ原 1972(S47).8.25

千寿ヶ原に戻ってくると、今日の仕事を成し終えたKATO WORKSが休憩していました。

これで立山砂防の訪問を終了し、満足して帰路につきました。

この立山砂防軌道便乗は、これまでに乗った鉄・軌道の中で最も衝撃的な体験でした。それにもかかわらず何故再訪しなかったのか我ながら理解できません。
樺平〜水谷を乗らなかったのも心残りです。この当時は、割と気軽に便乗が認められたのに・・・
思い起こせば悔やむことばかりの人生です。
立山砂防(46) 38年後の再訪

千寿ヶ原〜中小屋 2010(H22).11.5

上の写真から38年経過した昨年、仲間のKiさんから、立山砂防訪問のお誘いを受けました。
私は浦島太郎状態でしたが、Kiさんは立山砂防を時々訪れていて、最近の状況に詳しいので、後をついていきました。
(なお、Kiさんには2011(H23)年の熊野簡易軌道見学ツアーの幹事もお願いしました)
間もなくこのシーズンの運行を終了する直前の、紅葉の季節に訪問しましたが、雨が降ったりやんだりで天気が悪かったのが残念でした。

沿線への立入が厳しく制限されているため、対岸の道路を歩いて、マムシ谷橋を渡る列車を撮りました。
立山砂防(47) 38年後の再訪

千寿ヶ原〜中小屋 2010(H22).11.5

素堀のトンネルのワサビ谷トンネル付近を走るモーターカーです。
一瞬薄日が差しました。
立山砂防(48) 38年後の再訪

千寿ヶ原 2010(H22).11.5

黄色くなった銀杏の木の横へ列車が戻ってきました。
立山カルデラ砂防博物館から、すぐ裏を走っている列車を撮りました。
立山砂防(49) 38年後の再訪

千寿ヶ原 2010(H22).11.5

立山カルデラ砂防博物館の下が、立山砂防軌道の機関車・客車・貨車の車庫になっていました。
車庫へ入る列車です。

この写真も立山カルデラ砂防博物館から撮りました。

38年ぶりに立山砂防を訪問し、あまりの変貌ぶりに驚きました。
昔のほうが良かったと思うのは年をとった証拠でしょうか。
ただ、昔のように気軽に接することが出来なくなったのは残念です。
しかし、これは立山砂防だけの話ではなく、機関庫でも電車の車庫でも、昔は突然訪問して見学をお願いすれば親切に対応してもらえたのですが・・・
今はそういう対応をしていたら収拾がつかなくなってしまうのでしょうかね?
 2011(H23).10.29up
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