津島軽便堂写真館

立山砂防軌道3/4  千寿ヶ原→樺平   1:千寿ヶ原入換  2:千寿ヶ原SB   4:樺平→千寿ヶ原

立山砂防(24)

千寿ヶ原スイッチバック(以後SB) 

    1972(S47).8.25 

私の便乗した客車列車(人車?)が、千寿ヶ原を出発し、最初のスイッチバックで折り返しました。

客車は8人乗りの3両連結でしたが、乗車していた人は数人しかいませんでした。一般の便乗者は私一人でした。


次の列車が追っかけてきます。

この写真以降の(24)〜(33)は走行する客車列車の中から撮った写真です。

立山砂防(25)

千寿ヶ原SB  1972(S47).8.25 

千寿ヶ原の2つ目のスイッチバックです。

後ろをついてきた列車の機関車は、当時の立山砂防軌道の主力のSAKAI WORKSと比べるとチョット変わったスタイルです。堀川工機製でしょうか?

先行列車も小さく写っています。


立山砂防(26)

天鳥SB  1972(S47).8.25

千寿ヶ原スイッチバックを出た列車は常願寺川に沿って勾配を登っていきました。
素晴らしい景色と続行運転に感動し、ついカメラを構えるのを忘れていました。
我に返って、次の天鳥スイッチバック(上の地図参照)で撮りました。
4段のスイッチバックでした
2つ目のスイッチバックです。客車内から撮りました。下の(27・28)に続きます。
立山砂防(27) 天鳥SB  1972(S47).8.25
 続行列車3本写っています。3種類の機関車がそろいました。
 天鳥SBの3つ目のスイッチバックです。
立山砂防(28) 天鳥SB  1972(S47).8.25
 続行列車4本が写っています。
 天鳥SBの4つ目のスイッチバックです。
立山砂防(29)

中小屋〜桑谷 1972(S47).8.25

天鳥オーバーハングの崖っぷちを走る続行列車です。
ブレた写真ですが、こんな写真しかありませんので・・・

上の地図で見ると、天鳥バックと桑谷バックの間の大岩壁と書いてある付近だと思われます。
現在この区間は新天鳥トンネルが掘られて、上の写真の天鳥スイッチバックと共に廃止になりました。

左に写っているのは建設中の天鳥砂防ダムと思われます。
 
立山砂防(30)

桑谷〜鬼ヶ城 1972(S47).8.25

トンネルに入った客車列車の最後部から続行列車を撮りました。
桑谷トンネルと思われます。
 
立山砂防(31)

妙寿SB 1972(S47).8.25

4段スイッチバックですので、上の地図から推定すると、妙寿スイッチバックということになります。

立山砂防(32)

鬼ヶ城〜樺平 1972(S47).8.25

立山砂防軌道の中で一番展望が開けた場所です。
続行列車が3本写っています。

この写真も便乗した客車列車から撮っていますが、写っている列車とはだいぶ間隔が開いており、この間にも続行列車が何本か走っています。

便乗した客車列車は、スイッチバックの途中で、高度を稼いでいます。
上の地図で調べると、七郎スイッチバックから鬼ヶ城方面を見た景色と思われます。
立山砂防(33)

鬼ヶ城〜樺平 1972(S47).8.25

上の写真(32)の次に撮りました。

私の便乗した客車列車は、スイッチバックで戻りながら、高度を上げていることが、上の写真(32)と見比べると分かります。

 
立山砂防(34)

樺平 1972(S47).8.25

私が便乗した客車列車は樺平に到着し、全員が下車しました。
当日の午後の列車は、この樺平止まりだったようです。

続行運転の貨物列車が樺平に到着しました。
その右後方(写真中央付近)には、私が便乗してきた客車列車が入換を済ませ、折返しの千寿ヶ原行きとなって留置してあります。
 2011(H23).10.29up
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