津島軽便堂写真館

国鉄 日豊線   C57・D51・DF50が走っていた頃

日豊本線は、九州の東海岸、小倉~大分~宮崎~鹿児島462.6kmの路線です。
九州の西海岸を走る鹿児島本線に比べ電化されるのが遅く、1975(昭和50)年まで蒸気機関車が活躍しました。
1969~71(昭和44~46)年に撮った日豊本線の写真をご覧ください。

下の写真①~⑦の撮影地です。
国土地理院発行1/20万 大分(S46)に駅などを加筆
なお、石灰石とセメントの町・津久見には2つの鉱山鉄道がありました。
日鉄鉱業・津久見鉱業所
大分鉱業専用線
日豊線①

臼杵~津久見 1970(S45).7.27

臼杵湾の大泊漁港付近をDF50牽引の特急「富士」が走ります。
東京発18:30-日豊線経由-西鹿児島着18:57(翌日)で24時間以上走る特急列車でした。

沖にみえる島は津久見島です。

上の地図では津久見峠のトンネルの北側付近(地図に赤丸印)です。
railbusさんに引率されてここまで来ました。臼杵駅から約6kmあるので、5人でタクシーに乗って来ました。
日豊線② railbusさん撮影

臼杵~津久見 1970(S45).7.27

D51の貨物列車です。良い感じに煙が出ていました。

この右側に峠の徳浦トンネルがあります。

この場所で、特急「富士」とD51貨物列車を撮り、バスで臼杵駅へ戻りました。
日豊線③

 日代 1970(S45).7.27

日代を通過するD51の貨物列車です。
カンカン照りの暑い日でした。
日豊線④

日代~浅海井 1970(S45).7.27

15時頃に通った特急「富士」東京行きです。
小さな漁村です。
日代からトンネル一つ超えたところで、地図で調べると網代漁港のようです。
日豊線⑤ Nさん撮影

日代~浅海井 1970(S45).7.27

上の写真④と同じ列車をNさんは別の場所から撮りました。
日豊線⑥

日代~浅海井 1970(S45).7.27

C57牽引の客車列車です。
日豊線⑦

日代~浅海井 1970(S45).7.27

特急「にちりん」博多行きです。
この右側にトンネルがあり、そこをくぐると日代駅です。

この写真を撮った後、日代駅に戻りました。客車急行「日南1号」京都行きが16:40頃に交換待ちのため停車したので、乗り込み、予定より早く門司に向かいました(門司着20:52)。その日は門司港22:38発の長崎行き夜行1421列車に乗り、翌日、大村線でSLを撮影しました。→大村線のSL
日豊線⑧ railbusさん撮影

宮崎機関区 1969(S44).3.22

珍しい給炭設備でした。
坂阜(ハンプ)に石炭車を押し上げ、そこから給炭台へ石炭を落とし込む方式でした。
日豊線⑨ Nさん撮影

宮崎~南宮崎 1971(S46).8.22

朝日を浴びて大淀川の橋梁を渡るC57牽引の客車列車です。
日豊線⑩ Nさん撮影

宮崎~南宮崎 1971(S46).8.22

大淀川の橋梁です。
朝日をバックに撮りました。
日豊線⑪ Nさん撮影

高鍋~川南 1971(S46).8.22

小丸川の長い鉄橋を、新大阪発・宮崎行きの寝台特急「彗星」が渡ります。
日豊線⑫ Nさん撮影

田野~青井岳 1971(S46).8.20

DF50に牽引された客車急行列車が通りました。
2両目にグリーン車を連結していますので、東京発・西鹿児島行きの2031列車・急行「高千穂」と思われます。
日豊線⑬ Nさん撮影

田野~青井岳 1971(S46).8.20

C57に牽引された貨物列車も通りました。
日豊線⑭

青井岳 1970(S45).8.2

C57牽引の客車列車です。

門司港→西鹿児島行き夜行521列車に乗り、青井岳で下車、宮崎行きの1532列車を撮りました。
日豊線⑮ railbusさん撮影

楠ヶ丘信号場 1969(S44).8.1

楠ヶ丘信号場から青井岳に向かうC57重連の貨物5560列車です。

青井岳~山之口の中間に楠ヶ丘信号場があり、とても見晴らしの良い所でした。
(下のダイヤ参照)
日豊線⑯ railbusさん撮影

楠ヶ丘信号場 1969(S44).8.1

1114D急行「えびの3号・錦江2号・からくに」併結・多層建ての11両編成です。

先頭(左側)の3両は「錦江2号」指宿行き、真ん中の7両は「えびの3号」宮崎~都城~吉都線~吉松~肥薩線~八代~鹿児島線~博多の列車で、右端にぶら下がっているキハ53が「からくに」で、吉松で分割され山野線まわり出水行きでした。
「えびの号」には西鹿児島発肥薩線経由の博多行きもあり、吉松で宮崎発の本体「えびの号」と合体していました。
日豊線⑰

都城 1970(S45).7.26

都城のホームから西方向を見た写真です。
C57が待機し、その奥には給水塔や給炭台が見えます。

都城は日豊線と吉都線が分岐する拠点駅でしたが、機関区はなく、機関車の駐泊所があったようです。
日豊線⑱

都城 1970(S45).8.3

ネットで調べると、都城1970.8.3の日没時間は19:11です。
日没直後の写真です。

当時の時刻表で調べると、
左の2番線に停車中の客車列車は都城19:27発の545列車西鹿児島行き、3番線に到着する列車は都城19:25着の「えびの3号」宮崎行きと思われます。
右の客車は、都城19:48発の1122列車、吉都線・肥薩線・鹿児島線経由の門司行き夜行列車です。我々はこの列車に乗りました。
日豊線⑲

都城 1970(S45).8.3

夕焼けの都城駅です。
上の写真⑱を撮った後、夕焼けがきれいだったのでカラーでも撮りました。
↓日豊線列車ダイヤ

 鉄道ファン103号
 1969年12月臨時増刊号より
日豊線⑳ Nさん撮影

国分~霧島神宮 1971(S46).8.25

国分から霧島神宮に向かうC57牽引の貨物列車です。
この場所は国分駅~南霧島信号場で地名を調べると、隼人町松永です。
最寄駅は肥薩線の日当山なので、Nさんは日当山で降りて、ここまで歩きました。
日豊線(21) Nさん撮影

国分~霧島神宮 1971(S46).8.25

C57の単機回送です。
遠くの方には、鹿児島湾も見えました。
←日豊線(22) 国分~霧島神宮 1971(S46).8.25 Nさん撮影

C57牽引の客車列車がトンネルから出てきました。冷房グリーン車をつないでいるので、臨時急行でしょうか?
↓日豊線(23) 国分~霧島神宮 1971(S46).8.25 Nさん撮影

トンネルへ入る特急「にちりん」の後ろ姿です。
日豊線(24) Nさん撮影

国分~霧島神宮 1971(S46).8.25

特急「にちりん」です。
日豊線(25)

加治木~隼人 1971(S46).8.1

加治木を出発し、隼人に向かうC57牽引の貨物列車です。
日豊線(26) railbusさん撮影

鹿児島~竜ヶ水 1970(S45).8.3

錦江湾に沿って走るC57牽引の1543列車です。

右上には桜島の裾野が見えます。
日豊線(27) 鹿児島~竜ヶ水 1970(S45).8.3 railbusさん撮影

DF50牽引の急行「高千穂」2031列車です。東京11:10発-日豊線経由-西鹿児島着(翌日)15:24、所要28時間14分で当時の日本最長時間を走る列車した(東京~門司間は「霧島」に併結)。走行距離1,574.2kmは、特急「富士」と共に日本最長でした。
日豊線(28) 鹿児島~竜ヶ水 1970(S45).8.3 railbusさん撮影

急行「南風2号」508D西鹿児島発別府行き。キハ58系オール冷房車の編成です。この当時キハ58系の冷房車はまだ少なく、九州へ優先配置されました。
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参考図書:「鉄道ファン No.103」 1969(昭和44)年12月臨時増刊
     国鉄監修 時刻表1970(昭和45)年8月号 日本交通公社発行