日鉄鉱業・津久見鉱業所       軌間610mmの複線エンドレス運転で石灰石を運んでいました。

津久見の地図 石灰石とセメントの町、大分県の津久見には、石灰石輸送用の鉄道がありました。
 左の地図は、国土地理院1:50,000 「臼杵」S50.10発行の一部です。
赤い線が、日鉄鉱業・津久見鉱業所の石灰石運搬線でした。

「全国鉱山鉄道」岡本憲之著・JTBキャンブックス・2001.10発行によれば、
日鉄鉱業・津久見鉱業所には
・上部運搬線 4km(軌間762mm・坑内線)
・下部運搬線 2km(軌間610mm・坑外線)
 2つの鉄道があり、下部運搬線(左図の赤い線)は1981(S56)年に廃止されたと書いてあります。

なお、左図の青い線は大分鉱業の鉱山鉄道です。(こちらをご覧ください)

 私は1976(S51)年11月に、両鉄道を訪問しました。
 まず日鉄鉱業・津久見鉱業所(左図・赤い線)の610mmナローゲージの写真をご覧ください。
日鉄鉱業・津久見@

   1976(昭和51)年11月5日

この鉄道の存在を知ったのは、先輩に引率され1970(S45)年夏・九州SL撮影旅行をしたときです。車窓から小さな列車が走っているのを誰かが発見しました。そのときは、小さな列車には目もくれずSLを追いかけ続けましたが・・・
それから6年後に、地図で調べて訪問しました。

石灰石鉱山から市街地を通って港まで、軌間610mm複線・右側通行の鉄道でした。貨物列車は頻繁に運転されており、次から次へとやってくる感じがしました。

まず、鉱山付近の写真です。
(上の地図の赤線の左端付近)

このときの旅行では、カメラを2台持っていき、白黒を主に、カラーでも撮っています。まずはカラー写真からご覧ください。
日鉄鉱業・津久見A

      1976(S51)11.5

鉱山の風景です。(上の@の少し奥)
全体が白っぽくて、日本の景色ではないような気がしました。

屋根が低い、いかにも坑内用という感じの機関車が活躍していました。かなり窮屈な姿勢で運転する必要があったと思われます。
同じタイプの機関車をたくさん見ました。(写真で番号を確認できたのが1・2・3・4・5・7です)

中央やや右のロケットのような円筒形が石灰石を貨車へ積込む設備と思われます。
機関車に牽引されたまま、積込設備に入っていき、石灰石を積み込み、そのままループ線で方向転換し出てきたのが左端に写っている列車です。
 
日鉄鉱業・津久見B

      1976(S51)11.5

鉱山を出発していく石灰石運搬列車です。
上の写真@と同じ場所で逆方向を見た写真です。(下の略図B地点)

右側通行で走っていきます。
ブロック塀は防音壁と思われますが、ぎりぎりの所をこすりそうな感じで走っています。

当時書いた日鉄鉱業のナロー路線の略図です。

撮影した場所に印とAFの記号を付けました。
日鉄鉱業・津久見C

      1976(S51)11.5

鉱山の入口の警手付き踏切です。

右側通行で積込設備へ入っていき、石灰石積み込み後、トンネル内のループ線を通って、左側から出てきました。

略図のB地点から撮りました。
日鉄鉱業・津久見D

      1976(S51)11.5

積込設備へ入っていく空車列車です。
 (略図A地点)

この貨車は、グランビー鉱車と呼ばれるものです。
荷下ろし場で、地上側に設置されたガイドに、グランビー鉱車下部に取り付けられたローラーが乗り上げることにより、荷台部分が傾き、積荷を横へ落とす構造になっています。
写真に写っている鉱車の場合、右側がローラーとガイドにより持ち上げられ、車体が傾斜すると同時に、左側面の蓋がリンク機構で少し上がり、左下に積荷を落とすわけです。
鉱車の構造は複雑になりますが、ゆっくり走行しながら積荷を下ろすことができるので、大量輸送する場合は効率的です。

←日鉄鉱業・津久見E      1976(S51)11.5

満車と空車の運搬列車が並びました。
右側の空車列車は、積込場へ真っ直ぐ進み、石灰石を積み込み、左回りで一周し、石灰石を満載した左の列車になります。

  略図のB地点から撮りました
↓日鉄鉱業・津久見F      1976(S51)11.5

上の写真@Cの逆方向からとりました。(略図のA地点)
踏切と、低い跨線橋が写っています。@BCEの写真はその跨線橋の上(略図のB地点)から撮りました。
日鉄鉱業・津久見G

      1976(S51)11.5

石灰石運搬列車が鉱山を出発していきました。
数えると、貨車を20両くらいつないでいます。 
日鉄鉱業・津久見H

      1976(S51)11.5

鉱山を出発した石灰石運搬列車です。
右側通行です。
輸送の動脈なので、線路の幅は狭い(610mm)ですが、立派な線路です。

鉱山から2つ目の跨線橋から鉱山側を見て撮りました。(略図のC地点)

上の写真Bの逆方向から撮ったことになります。
日鉄鉱業・津久見I

      1976(S51)11.5

鉱山へ戻る、空の貨物列車です。

鉱山から2つ目の跨線橋から市街地側を見ました。
上の写真Hと同じ位置で反対方向を撮った写真です。(略図のC地点)

手前右側に写っている小屋は、踏切警手用の小屋でしょうか?
日鉄鉱業・津久見J

      1976(S51)11.5

道路の下をくぐります。
ちょうどダンプカーが上を走ってくれました。どでかい管も通っていて、いかにも活気のある産業都市という感じがします。

どでかい管は、何のためのものでしょう。私は、管の中にベルトコンベアがあって石灰石を運搬していたと勝手に想像していますが、真相不明です。

   略図のE地点から撮りました
日鉄鉱業・津久見K

      1976(S51)11.5

少し掘り割りになったところを、鉱山行きの空車列車が走ります。
上の写真Jと同じ場所で、逆方向を見た写真です。(略図のE地点)
線路に屋根が被せてありますが、防音のためだと思われます。

「全国鉱山鉄道」によれば、この鉄道は、騒音問題と輸送力増強のため、1981(S56)年1月に廃止されたと書いてあります。

←日鉄鉱業・津久見L    1976(S51)11.5

マッターホルンの麓を走っているような感じです。
  (注:私はマッターホルンを見たことがありません)

背景の山から、上の写真Jの少し鉱山寄りで撮ったと思われます。
 (略図のD地点)
↓日鉄鉱業・津久見M    1976(S51)11.5

鉄橋を渡る貨物列車です。鉱山へ向かう空車列車と思われます。

この写真が、津久見で撮った最後の写真です。(略図のF地点から)


このときの旅行のメモを見ますと、日鉄鉱業の沿線に滞在したのは3時間足らずと思われます。しかし、列車本数が多かったおかげで、いろんな場所で撮影できました。
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参考図書
  「全国鉱山鉄道」 岡本憲之著 JTBキャンブックス2001(平成13)年10月発行