津島軽便堂写真館
地図は20万分の一「名古屋」の一部です。
  国土地理院 昭和43年6月30日発行
北勢線を青でなぞり、撮影地の最寄り駅にを付けました

北勢線 /4  西桑名・北大社付近    北勢線2へ 北勢線3へ 北勢線4へ    内部・八王子線へ

北勢線は、2014(平成26)年4月5日に開業100周年を迎えました。
これを機に、北勢線のページを全面リニューアルし、写真を大量に追加しました。ご覧ください。


北勢線は一時廃止の危機に陥りましたが、地元の熱意と三岐鉄道の努力により、2003(平成15)年から三岐鉄道北勢線として体質改善しつつ軌間762mmのまま存続しています。
波瀾万丈の北勢線の歴史は
 →Wikipediaをご覧ください。

ここでは、近鉄時代の、しかも軽便の面影をまだ色濃く残していた、昭和47(1972)年頃の写真を中心に、最新の100周年記念列車まで、4頁にわたりご紹介します。

西桑名から阿下喜に向かって順に掲示しますので、ご覧ください。
北勢線@

西桑名 1972(S47).1.29

阿下喜から走ってきた電車は、近鉄名古屋線と関西線の上を越したあと、しばらく関西線に並行して走り、最後に急カーブを直角に曲がり警手付き踏切を渡り、西桑名のホームに到着します。
半径40mで90°曲がる急曲線!

この当時、西桑名〜阿下喜間の営業キロは20.5kmでした。

1977(昭和52)年に、この急カーブは廃止され、西桑名駅は、この踏切の向こう側へ移転しました。
これにより営業キロが0.1km短くなり、西桑名〜阿下喜間20.4kmになりました。
西桑名駅配線図

このページの写真撮影時の西桑名駅の配線図です。
駅の奥に機回し線があり、その横に車庫がありました。昔は更に奥(図の左側)の桑名京橋まで線路が伸びていました。
鉄道模型趣味426号(1983.2月)に掲載された図をトレースしました。
北勢線A

西桑名 1975(S50).1

移転前の西桑名駅舎です。
駅前の一本松が印象的でした。
この写真の2年後の1977(昭和52)年5月に駅は移転されました。
北勢線B 西桑名 1975(S50).1

移転前(国鉄・近鉄と直角に配置)の西桑名駅です。
北勢線B 西桑名 1975(S50).1

駅の横の踏切警手付き踏切を電車が通り過ぎます。
北勢線D

西桑名 1975(S50).1

曲線のホームで奥に車庫がありました。
この当時の北勢線は、四日市から出ていた内部・八王子線と同様に、両運転台付の電車+客車数両で運転されていましたので、終点では機関車列車のように、必ず機回し入換が必要でした。
列車が到着すると、一旦奥で機回し入換をしてからホームへ出てくるので、それまでお客は改札で待たされました。

北勢線の電車(電動車)は、当時モニ220形だけでしたが、この225号は踏切事故で正面が改造(昭42)されており、特異な存在でした。
北勢線E Koさん撮影

西桑名 1972(S47).1

西桑名の一番奥から見た車庫です。
上の配線図では、左端から右を見ています。

サ150形151号です。
サ150形は、1950(昭和25)年に製造され、近鉄ナロー路線で12両が活躍しました。
詳細は→Wikipediaをご覧ください。

私は、西桑名の車庫を撮らずに終わってしまいましたが、軽便師匠のKoさんはしっかり撮っていました。
北勢線F Koさん撮影

西桑名 1972(S47).1

北勢線は、内部・八王子線より若干近代化されており、連結器が自動化されていました。ヘッドライトもシールドビーム化された電車がいました。客車もリベットゴツゴツが少なく、ノッペリした車両が多かったです。 

サ140形142号です。
サ140形は、1960〜62(昭和35〜37)年湯の山線用に7両製造され、同線の改軌により全車が北勢線に転属しました。この当時の北勢線の最新鋭車両でした。
詳細は→Wikipediaをご覧ください。
北勢線G Koさん撮影

西桑名 1972(S47).1

車庫の前の220形227号です。
モニ220形は、221〜226号が北勢線の電化に合わせ1931(昭和6)年製造、227〜229号が1949(昭和24)年に製造されました。
227号から尾灯が2灯になったようです。
221〜227号が北勢線の主力電車として活躍しました。(228・229号は内部・八王子線で活躍していました)
詳細は→Wikipediaをご覧ください。
北勢線H Koさん撮影

西桑名 1972(S47).1

225号ですが、西桑名側は他の220形と同じ顔でした。
阿下喜側だけが2枚窓に改造されていたようです。
(上の写真D参照)
225号は尾灯が1灯です。

左はサ130形135号です。
サ130形は、1954(昭和29)年に8両製造された、張り上げ屋根のバス窓車両です。
北勢線I Koさん撮影

西桑名 1972(S47).1

機回し線に停車中の226号です。
この電車、現在は阿下喜駅に保存されています。
226号も尾灯は1灯でしたが、阿下喜に保存してある226号は2灯あります。
北勢線J 西桑名 1972(S47).1 Koさん撮影

サ150形152号です
北勢線K 西桑名 1972(S47).1 Koさん撮影

サ140形147号です。
北勢線L 西桑名 1972(S47).1 Koさん撮影

サ140形144号です。
北勢線M 西桑名〜馬道 1972(S47).1 Koさん撮影

226号が西桑名を出発し、勾配を駆け上がり間もなく国鉄と近鉄名古屋線の上を越します
北勢線M-2  Nさん撮影

西桑名〜馬道 2001(H13).1.8

上の写真@〜Mの29年後です。
JR関西線と近鉄名古屋線の上を越す近鉄北勢線です。
軌間は、
・JR関西線:1067mm
・近鉄名古屋線:1435mm
・北勢線:762mmで3種類のゲージが揃っています。
1977(昭和52)年に車両の近代化が行われ、右(西桑名方)の141号も、サ(付随車)からク(制御車)に改造されました。

北勢線N

北大社 1972(S47).12.10

北大社車庫ができる前の北大社駅に西桑名行きが到着します。
構内踏切の関係で右側通行でした。
側線には無蓋貨車が停めてありました。
北勢線O

北大社 1993(H5).11.6

北大社車庫ができた後の北大社駅に西桑名行きが到着します。
北大社駅の阿下喜方ホーム端から撮りました。
北大社駅を→Wikipediaで調べると、1977(昭和52)年5月に、車庫が西桑名から移転してきました。

到着する電車202号は連接車です。
ナロー時代の湯の山線用に1959(昭和34)年に製造されました。
詳細は→Wikipedia(4400形電車)をご覧ください。
Rail Magazine368号(2014/5月号)に、「三岐鉄道北勢線200系完全ガイド」の特集記事が掲載されています。そちらもご覧ください。
北勢線P

北大社 1993(H5).11.6

北大社車庫ができた後の北大社駅です。
車庫が出来たときに、駅の配線もこの形になったと思いますが、2005(平成17)年3月に駅は廃止となり、信号場に格下げされました。(六把野駅と北大社駅を統合し、東員駅が誕生)

1977(昭和52)年の270形電車導入により、編成の総括制御化が行われ、西桑名側の先頭には制御車(ク)が連結されるようになりました。(終点で機回し入換が不要になりました)
202号も、左の134号も、サ(付随車)からク(制御車)に改造されました。
北勢線Q

北大社〜大泉東 1972(S47).12.10

北勢線で一番長い鉄橋を渡る阿下喜行きの列車です。
この川は、地図で調べたら戸上川でした。

軽便鉄道らしい鉄橋です。
その上を軽便鉄道らしい列車が走ります。

今は、周りの風景が少し変わってしまいました。
北勢線Q-2  Nさん撮影

北大社〜大泉東 2003(H15).1.25

上の写真Qの約30年後です。
同じ戸上川の鉄橋です。
橋桁が新しくなりました。
藤原岳をバックにしたこの鉄橋は、現在でも北勢線の撮影地になっています。

上の写真は、川の上流側から、この写真は下流側から撮っています。
この写真の約2ヶ月後に、近鉄から三岐鉄道へ運営が移管されましたので、近鉄北勢線時代の最後の頃の写真です。
北勢線R

北大社〜大泉東 1972.12.10

30年前に戻ります。
戸上川の鉄橋を渡った西桑名行きの221号です。
鉄橋を挟んで両側に急カーブがあり、S字カーブになっています。
北勢線S

北大社〜大泉東 1972.12.10

上の写真Rの続きで、手前の急カーブを曲がってきました。

北大社駅も大泉東駅もなくなりましたので、現在の駅名では、東員〜大泉間で撮ったことになります。
 2014(H26).4.11renewal
 2010(H22).12.24up
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参考図書:「鉄道ピクトリアルNo.313」 1975(S50).11月臨時増刊号−近畿日本鉄道特集 鉄道図書刊行会発行
       「Rail Magazine 368」 2014(H26).5月号 ネコパブリッシング発行
       「鉄道模型趣味426号」1983(S58).2月号 機芸出版社発行
       「鉄道ジャーナルNo.56」1971(S46).12月号 鉄道ジャーナル社発行