樽見鉄道 1/2 国鉄樽見線を引き継ぎ、薄墨桜の咲く樽見まで延長
樽見鉄道は、国鉄の特定地方交通線で、第1次廃止対象路線だった樽見線を引き継いで1984(S59)年10月に開業しました。 開業時は大垣~神海間(左図赤線)でしたが、1989(H1)年3月に神海~樽見間(左図青線)が延長開通し、薄墨桜の咲く樽見まで行けるようになりました。 樽見鉄道が開業して間もない頃から最近までの写真をご覧ください。 蒸気機関車C11が活躍していた国鉄樽見線の時代は→樽見線をご覧ください。 ←国土地理院1/20万「岐阜」S43.2.28発行より 主要駅と撮影最寄り駅を追記 |
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↓樽見鉄道①② 大垣 1985(S60).8.12 ㊤東海道線の117系と樽見鉄道の初代LEカーです。 国鉄樽見線へはC11を撮るためによく訪問しましたが、樽見鉄道に転換されてからは初めての訪問でした。 ㊦子供連れ家族と一緒に樽見鉄道のLEカーに乗って出発します。 |
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樽見鉄道③ 神海 1985(S60).8.12 終点の神海に到着しました。 国鉄時代は美濃神海駅でした。 このLEカーは富士重工が開発した第二世代レールバスです。2軸車で車体長12mの小型で軽量・安価な車両でした。国鉄ローカル線を第三セクター化された路線などに導入されました。 →Wiki 富士重工LE-Car 2軸LEカーは、1984~86(S59~61)年に、名鉄(八百津線等)へ6両、樽見鉄道3両、三木鉄道2両、北条鉄道3両、近江鉄道へ5両が導入されましたが、輸送力が小さく、走行安定性も悪かったので、計19両で打ち止め、その後は車体長15mのボギー車へ移行しました。 左写真の樽見鉄道ハイモ180形は、開業時に3両が導入され、鉄道友の会のローレル賞も受賞しました。 |
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樽見鉄道④ 本巣 1985(S60).12.14 この年に増備されたハイモ230形301号が腕木式信号機(本巣駅の場内信号機)の横を走りました。 ハイモ180形は2軸車でしたが、230形からボギー車になり、車体長も15mと少し長く、鉄道車両らしくなりました。 |
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樽見鉄道⑤ 本巣 1985(S60).12.14 開業当初から活躍していたLEカー・ハイモ180形とTDE10形ディーゼル機関車(DL)です。 住友セメント岐阜工場から、この本巣駅まで専用線があり、本巣~大垣間のセメント貨物列車が樽見鉄道を支える貴重な収入源でした。それ故、開業時から3両のDLを所有しました。 2006(H18)年に貨物輸送が廃止され、樽見鉄道の経営はかなり厳しくなりました。 →住友セメント専用線 |
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樽見鉄道⑥ 本巣 1985(S60).12.14 真横から見たハイモ180形です。 その向こうにいるのは、オハフ500形(旧・国鉄オハフ33形)客車で、朝ラッシュ時の通学列車1往復用に、開業時から2両在籍しました。 貨物輸送用にディーゼル機関車を所有していたので、維持費の安い中古客車でラッシュ輸送に対処しました。 私は早起きが苦手なので、結局その通学客車列車を撮りに行かずに終わってしまいました。 |
樽見鉄道⑦ 大垣 1989(H1).4.10 この年(1989)3月に神海~樽見間の新線が開通し、薄墨桜見物用に桜ダイヤが組まれ、客車列車が運転されました。オハフ500形客車の間に「うすずみ1形」客車2両を組み込んだ編成です。 |
樽見鉄道⑧ 大垣 1989(H1).4.10 オハフ500形(旧・国鉄オハフ33形)客車502号の車内です。石油ストーブ付きでした。樽見鉄道開業時はLEカーと同じ水色の車体でしたが、1988(S63)年に茶色になったそうです。→Wiki オハフ500形客車 |
樽見鉄道⑨ 大垣 1989(H1).4.10 うすずみ1形客車の車内です。観桜列車用に無蓋貨車トキ25000形を改造して登場したばかりの車両です。 →Wiki うすずみ1形客車 |
樽見鉄道⑩ 樽見 1989(H1).4.10 出来て間もない樽見駅に到着した客車列車です。桜の季節ですが、雨降りの平日だったので、そんなに混んでいなかったです。 私もこの列車に乗り、神海~樽見間を初乗車しました。 |
樽見鉄道⑪ 樽見 1989(H1).4.10 出来たばかりの洒落た樽見駅舎です。樽見へ到着して直ぐに撮りましたので、まだ帰るお客は少なめでした。 ⑪⑫の写真を撮った後、薄墨桜を見に行きました。樹齢1500年と言われる薄墨桜の木を初めて見て感動しましたが、花は散り果て状態でした…↓(下の写真)。この年は薄墨桜の満開が早かったようです。 |
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1989(H1).4.10の薄墨桜 |
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樽見鉄道⑫ 樽見 1989(H1).4.10 機関車が機回し入換中です。 樽見駅のこの駅舎は、2007(H19)年4月、不審火により全焼したそうです。 |
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樽見鉄道⑬ 鍋原~日当 1995(H7).11.26 樽見鉄道の延長区間(神海~樽見)の沿線へ、初めて撮影に行きました。 このときは、Nさんと一緒にLEカーに乗って出かけました。 |
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樽見鉄道⑭ 鍋原~日当 1995(H7).11.26 紅葉の根尾谷を走るLEカーです。 この当時の主力ハイモ230形314号でした。 |
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樽見鉄道⑮ 鍋原~日当 1995(H7).11.26 ハイモ230形が鉄橋を渡ります。 樽見鉄道線は、鍋原~日当間で、蛇行する根尾川を4回渡ります。 |
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樽見鉄道⑯ 東大垣 1996(H8).4.20 薄墨桜が満開になったことを新聞で知り、LEカーに乗って出かけました。 昼頃に出かけていったので、花見客輸送帰りの客車列車と東大垣で交換しました。 |
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樽見鉄道⑰ 谷汲口 1996(H8).4.20 樽見に向かう途中、桜満開の谷汲口で途中下車し、次の樽見行き客車列車を撮りました。 「JR東海ナイスホリデー薄墨桜号」のヘッドマークを付けていました。 この当時、桜の季節には名古屋駅から客車列車が直通乗り入れしていました。 |
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樽見鉄道⑱ 谷汲口 1996(H8).4.20 花見帰りのお客を乗せた「うすずみファンタジア」号が谷汲口を出発しました。 牽引する機関車(TDE102)は、この列車用に塗装変更されていました。 牽引されるピンクの帯の客車は、スハフ1100・オハ1000形(元国鉄12系客車)です。その後ろには貨車改造の「うすずみ1形」客車も連結されていますが… |
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樽見鉄道⑲ 谷汲口 1996(H8).4.20 採石場を背景にしたLEカーです。 この写真を撮った後、急いでこの列車に乗り込み、樽見まで乗車し、満開の薄墨桜を見てきました。(下の写真) ネットで調べると薄墨桜の満開時期は年によってかなり異なり、樽見鉄道延長開業後では、この年が最も遅かったようです。 |
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1996(H8).4.20の薄墨桜 |
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樽見鉄道⑳ 谷汲口 1998(H10).4.5 上の写真⑰~⑲の2年後です。 この日は、名鉄揖斐・谷汲線の桜の名所:清水駅&更地駅で満開の桜と赤い電車を撮りました。車で出かけたので、樽見鉄道谷汲口まで足を延ばして撮りました。 これ以後、2001(H13)年に谷汲線が廃止になるまで、桜の季節には、揖斐・谷汲・樽見線をセットで訪問していました。 →揖斐線・清水の桜へ →谷汲線・更地の桜へ |
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樽見鉄道(21) 谷汲口 1998(H10).4.5 「うすずみブルーライン」号です。 元国鉄14系客車を譲り受け、樽見鉄道ではオハ2000・スハフ2200形客車でした。 |
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樽見鉄道(22) 谷汲口 1998(H10).4.5 谷汲口を出発した樽見行き「うすずみファンタジア」号を、横から撮りました。 |
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樽見鉄道(23) 東大垣~横屋 1998(H10).4.5 大垣に向かう「うすずみファンタジア」号です。 元国鉄12系客車と貨車改造うすずみ1形の編成です。 揖斐川の鉄橋を渡るため築堤を上っています。 |
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樽見鉄道(24) 谷汲口 2000(H12).4.16 上の写真(20~23)の2年後です。 桜満開の谷汲口駅へ到着するTDE101牽引の客車列車(うすずみファンタジア)です。 |
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樽見鉄道(25) 木知原~谷汲口 2000(H12).4.16 青く塗られた機関車(TDE113号)が14系客車(2000・2200形客車)を牽引し、根尾川の鉄橋を渡ってきました。 向こう側に見える桜並木が谷汲口駅です。 |
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樽見鉄道(26) 木知原 2001(H13).4.8 木知原を通過する「うすずみファンタジア」号樽見行きです。 谷汲線・更地と揖斐線・清水で、桜と赤い750形電車のコラボを撮ったついでにここまで来ました。この年の秋に谷汲線と揖斐線(黒野~本揖斐)が廃止されたので、この方面と疎遠になり、これ以後しばらくは樽見鉄道とご無沙汰しました。 この次に樽見鉄道を訪問したのは11年後の2012(H24)年です。それ以後は、毎年桜の季節に訪問しています。その写真は次ページに掲載します。 |
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2017(H29).12.27up | |
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参考図書:「第三セクター鉄道」 鉄道ジャーナル年鑑「日本の鉄道」別冊 1987(S62)年11月 鉄道ジャーナル社発行