屋久島の森林鉄道 5/5  小杉谷線終点→荒川     屋久島1へ  屋久島2へ  屋久島3へ  屋久島4へ

←屋久島(67) 小杉谷線終点→小杉谷山荘 1976(S51).11.9

小杉谷線の終点から荒川まで、また9kmを戻らなければなりません。その帰り道です。
↓屋久島(68) 小杉谷山荘 1976(S51).11.9

 右の建物が小杉谷山荘です。登山者の基地でした。山荘の前にモーターカーが停まっていました。

屋久島(69)

小杉谷山荘 1976(S51).11.9

往路でも、この場所でモーターカーを見ました(前頁(52))。そのときは大勢乗り込んで、まもなく出発するような感じでした。
それから私が終点まで往復してくる間(小杉谷山荘から終点の集材所までは地図で見ると4km程なので2〜3時間後)に、モーターカーも荒川まで行って戻ってきたようです。


このモーターカー付近には誰もいませんでした。
当分は動きそうにない感じでした。
屋久島(70) 小杉谷山荘付近 1976(S51).11.9
 少し下って鉄橋まで来て振り返ると、モーターカーの付近に人影が見えました。山荘の賄いのおばさんのように見えますが・・・
屋久島(71) 小杉谷山荘付近 1976(S51).11.9

 ひょっとすると、モーターカーが動くかもしれないと少し待ちましたが、やはり動く気配はありません。望遠でヘロヘロ線路を強調して撮り、帰り道をまた歩き始めました。
↓屋久島(72) 小杉谷山荘→小杉谷 1976(S51).11.9 帰り道です
↑屋久島(73) 小杉谷製品事業所跡 1976(S51).11.9
 再び記念碑の前を通りました。今度は線路を入れて撮りました。

↓屋久島(74) 小杉谷の鉄橋 1976(S51).11.9
 上の写真(73)のすぐ近くです。 ゴール(荒川)まで、あと3km程!
屋久島(75) 荒川付近 1976(S51).11.9

荒川の近くの留置線です。この日、工事用にセメント袋を運搬していた緑の機関車が、仕事を終えて、シートを被せて留置してありました。
屋久島(76) 荒川付近 1976(S51).11.9

左の写真の機関車を後ろから見たところです。
 屋久島2-(27)の写真とほぼ同じ場所です。

屋久島(77)

 荒川 1976(S51).11.9

往復で18kmの線路を歩いて、荒川に戻ってきました。

帰り道は、小杉谷山荘付近で賄いのおばさんらしき人を遠くから見ただけで、他には誰も見かけませんでした。
荒川にも人影はなく、タクシーの迎えもまだ来ていませんでした。
朝から停まっていたモーターカーが迎えてくれました。
屋久島(78)

 荒川 1976(S51).11.9

しばらくすると、小型のモーターカーが荒川鉄橋を渡って来ました。
小杉谷山荘の前に停まっていたモーターカーです。
下山する人を乗せてきたようです。
屋久島(79)

 荒川 1976(S51).11.9

小杉谷山荘用のモーターカーが荒川に到着しました。
久しぶりに見る人影です。


私を迎えに来たタクシーも到着し、安房の旅館へ戻ります。
屋久島(80) 荒川→苗畑 1976(S51).11.9

安房へ戻るタクシーの中から、鉄道線路が俯瞰できました。
屋久島電工の管理していた区間です。高圧線の鉄塔も見えますので、発電所より下流側です。
↓屋久島(81) 苗畑 1976(S51).11.10

荒川〜小杉谷線終点を歩いた翌日です。雨模様でした。
雨の中を、再び苗畑まで歩いて写真を撮りに行きました。
運転台に屋根のない機関車と、モーターカーが停まっていました。
↑屋久島(81) 苗畑 1976(S51).11.10

モーターカーに近寄って写しました。
荒川に停まっていたのとは違うタイプのモーターカーでした。
←屋久島(82) 苗畑 1976(S51).11.10

苗畑の先は、南国ムードの切り通しになっていました。
これが屋久島最後の写真です。

このあと、昼頃の飛行機で鹿児島まで帰ろうと、バスで屋久島空港に向かいました。この頃は鹿児島〜屋久島にYS-11が飛んでいました。生まれて初めて乗る飛行機で、期待して空港に着くと、「台風接近のため、本日欠航」と張り紙がしてありました・・・
季節外れの台風のおかげで、生まれて初めての飛行機は延期になりました。
またバスに乗り宮之浦まで向かいましたが、その日のフェリーにも乗れず、もう1日余分に屋久島に泊まることになってしまい、会社に電話して年休を1日追加しました。
翌日(11/11)、宮之浦10:00の船に乗り鹿児島に戻りましたが、この船はフェリーに比べるとだいぶ小型で、貨物が主、お客は数人でした。台風接近のためよく揺れて、スーッと持ち上げられ、ストーンと落とされる繰り返しを、船底に寝転んで耐えました。鹿児島湾に入ると揺れは収まり、15時に鹿児島港に到着しました。その日は夜まで市電の乗りつぶしをし、鹿児島→伊敷町→西駅→谷山→清水町とメモに書いてありましたが、写真が1枚もありません!なんたることか・・・情けない。
その翌日(11/12)、西鹿児島9:01の特急「有明4」で出発、博多で約1時間後
(1時間前は満席?)の「ひかり28」に乗換え、名古屋着が20:17でした。今なら16:00に鹿児島を出て、新幹線乗り継ぎで20:42に名古屋着です。驚きの時間短縮ですね。
 屋久島で3泊もしながら、観光地も行かず・・・ほろ苦い青春の思い出です。
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