富山地鉄 射水線 富山新港で分断されてしまった射水(いみず)線です
↑国土地理院1/20万「富山」S44.10.30発行に加筆しました 私が訪問したときは、青線が射水線で、緑の線が加越能鉄道でした。富山市内線を水色で記入しました。 |
富山地方鉄道射水線は、新富山〜新港東口14.4kmの鉄道(左図の青線)で、1980(昭和55)年3月31日限りで廃止となりました。 この路線も複雑な経緯があり、詳細は下記参考図書のRM LIBRARY107「富山地鉄笹津・射水線」をご覧ください。 射水線は、富山新港が出来るまで新富山と新湊を結ぶ路線でした。新湊で高岡軌道線と連絡し、高岡駅前の新高岡から高岡軌道線で新湊を通り、海沿いを走り新富山から富山市内線に乗り入れ、富山駅前を通り繁華街の西町まで走っていた時期もありました。1966(昭和41)年に富山新港建設で分断され、乗客も半減したそうです。新湊〜越ノ潟は加越能鉄道に譲渡され、射水線は富山新港の東側だけになりました。 |
富山地鉄射水線@ 新富山 1972(S47).8.24 私が最初に射水線を見たのは、昭和47年の夏でした。 新富山で1枚写しただけです。 この電車で新港東口まで乗り、フェリーで越ノ潟へ渡り、加越能鉄道に乗り高岡へ出ました。 |
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富山地鉄射水線A Nさん撮影 新富山 1980(S55).3.23 上の写真@の反対側から見た新富山駅です。 射水線が廃止になる、約1週間前でした。 |
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富山地鉄射水線B Nさん撮影 新富山 1980(S55).3.23 射水線の富山市内線乗り入れは、一時中断されていましたが、1977(昭和52)年に復活しました。 市内線との連絡線上にいるデ5010形です。 右端に写っている建物が、立派な新富山駅舎です。 |
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富山地鉄射水線C Nさん撮影 富山駅前 1980(S55).3.23 富山駅前に乗り入れた射水線直通電車です。 ここで折り返します。 |
←富山地鉄射水線D 呉羽山から 1980(S55).3.23 Nさん撮影 呉羽山に上り、北陸線・高山線を跨ぐ陸橋上のデ5010形を俯瞰しました。 富山北口から八ヶ山に向かう電車です。 |
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↓富山地鉄射水線E 富山北口 1980(S55).3.23 Nさん撮影 立派な駅舎です。射水線が最初に出来たときのターミナルでした。 廃止の案内看板が出ていました。 |
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富山地鉄射水線F Nさん撮影 新港東口 1973(S48).3.22 終点の新港東口です。 Nさんは、この日高岡市内で私と別れた後、加越能鉄道とフェリーを乗り継いで新港東口に到着しました。 射水線に乗る前の一コマです。 踏切を三輪車が横断します。 |
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参考図書:
RM LIBRARY 107 「富山地鉄笹津・射水線−デ5000系物語−」服部重敬著 ネコ・パブリッシング 2008.7.1発行
「新・消えた轍7 北陸-ローカル私鉄廃線跡探訪-」寺田裕一著 ネコ・パブリッシング2010.12.29発行