津島軽便堂写真館

富山地方鉄道 富山市内線

現在の富山の市内電車は、富山地方鉄道により左図路線で運行されています。

富山駅~岩瀬浜の路線(富山港線)は、元は鉄道線で複雑な歴史を辿りました。2006(H18).4.29にライトレール化されましたが、詳細は→Wiki富山港線をご覧ください。

1972(昭和47)年の富山市内線は下図の路線網でした。
↑1972(昭和47)年以降は、他の都市同様、路線の部分廃止が行われました。
  青線部分(地鉄ビル前~中教院前)---1972(S47).9.21廃止
  緑線部分(西町~丸ノ内)---1973(S48).3.31廃止
  水色線部分(西町~不二越駅前)---1984(S59).4.1廃止
その後は赤線部分だけで営業していましたが、富山市が「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を推進し、路面電車復活に力を注ぎました。
  紫線部分(丸ノ内~西町)---2009(H21).12.23開通し、環状運転を開始
という、画期的な事業が行われ、更にライトレール化された富山港線と、従来の市内線を、高架化されたJR富山駅の下で直結し、2020(R3).3.21から直通運転が開始されました。各都市が富山市を見習ってほしいと願っています。

1973(S48)~2010(H22)年の富山市内電車の写真をご覧ください。
富山市内線① Nさん撮影

大学前 1973(S48).3.22

立山連峰を背景に、電車が終点の大学前に到着します。
この当時は、安野屋~大学前が単線でした。
現在は複線化され、電停名も富山大学前に変更されました。
富山市内線②

大学前 1973(S48).3.22

上の写真と同じ歩道橋から撮っています。

電車は7000形で22両在籍し、この当時の富山市内線は全て7000形で運行されていました。
富山市内線③ Nさん撮影

富山大橋 1973(S48).3.22

安野屋~新富山駅前間の神通川に架かる富山大橋を渡る電車です。
立山連峰が綺麗に見えました。

当時は、橋の手前左(西北)に射水線の新富山駅がありました。
富山市内線④ Nさん撮影

越前町付近 1973(S48).3.22

旅籠町から西町に向かう平和通りを走る不二越駅前行きの電車です。
この区間は、この写真のすぐ後の1973(S48).3.31に廃止されました。

ここは越前町の交差点で、現在、富山都心線(上図紫線)が開通し、写真右(北)方向から手前右(東)方向へ曲がる場所です。
富山市内線⑤ Nさん撮影

越前町 1973(S48).3.22

不二越駅前から大学前に向かう電車が越前町に到着しました。
右(東)方向が西町で、写真に写っている周辺が富山の中心街です。
富山市内線⑥ Nさん撮影

西町 1973(S48).3.22

市内線が平面交差していた西町交差点です。
写真の電車は、北から南へ向かう南富山駅前行きです。
富山市内線⑦ Nさん撮影

西町 1973(S48).3.22

西町電停から北(富山駅前)方向を見ました。
富山市内線⑧ Nさん撮影

富山駅前 1980(S55).3.23

富山駅前に乗り入れた射水線の電車です。
射水線の富山市内線乗り入れは、一時中断されていましたが、1977(昭和52)年に復活しました。

しかし、射水線は1980(昭和55)年4月1日に廃止となりました
廃止直前の姿です。
射水線参照
富山市内線⑨

富山駅前 1986(S61).10.17

北陸新幹線の看板が目立ちます。新幹線の富山駅ができたのは2015(H27)年3月なので、この写真から28年以上経過しました。
その横に富山ステーションデパートの看板があり、その下が国鉄富山駅舎でした。

富山駅の真ん前に円形の緑地帯があり、富山市内線はそこを貫通し90°向きを変えました。
富山市内線⑩

富山駅前 1986(S61).10.17

上の写真⑨の反対方向から見ました。
木造3階建ての駅前旅館兼食堂が魅力的です。
富山市内線⑪

富山駅前 1997(H9).2.26

上の写真⑨⑩から10年半後の富山駅前の同じ場所です。
円形の緑地帯はなくなり、道路の真ん中で90°向きを変えるようになりました。

電車の屋根上に大きな電照式広告を付けていました。
富山市内線⑫

富山駅前 2000(H12).8.26

駅前の小公園に、「富山の薬売り」のモニュメントがありましたので、市内電車を入れて撮りました。
富山市内線⑬

富山駅前 2000(H12).8.26

富山駅前から地鉄ビル前に向かう8000形です。
8000形は1993(H5)年に5両製造された、当時の最新型でした。
富山市内線⑭

富山駅前 2000(H12).8.26

富山駅前のバスターミナルから市内電車を見ました。
富山市内線⑮

電気ビル前 2000(H12).8.26

地鉄ビル前から電気ビル前に向かう南富山駅前行きの電車です。
富山市内線⑯

南富山駅前 2006(H18).11.26

市内線の終点・南富山駅前に停車中の7000形広告電車です。
この駅で富山地鉄不二越上滝線に接続しています。

昔は、この奥から笹津線も出ていました。↓1973(S48).3.22Nさん撮影
富山市内線⑰

地鉄ビル前 2006(H18).11.27

地鉄ビル前の交差点を曲がる市内電車です。

JR線の北側にあるアパホテルの客室から撮りました。
富山市内線⑱

地鉄ビル前 2006(H18).11.27

上の写真⑰と同じアパホテルから、富山地鉄の本線電車と市内電車を撮りました。
富山市内線⑲

安野屋~新富山 2010(H22).11.4

立山連峰を背景に、神通川に架かる富山大橋を渡る8000形です。

この橋は幅が狭く老朽化していたこともあり、左隣(北側)に幅広の新橋を建設することになり、このとき工事中でした。
2012(H24)年3月に新しい富山大橋が完成し、線路も移設・複線化されました。その折に安野屋~大学前間が複線化されました。
富山市内線⑳

新富山 2010(H22).11.4

新富山電停(ホーム)から撮った列車交換のための信号所です。7000形と8000形が交換します。
この信号所は、新富山電停のすぐ大学前寄りにありましたが、安野屋~大学前間が複線化されたので廃止されました。

新富山電停は、現在「トヨタモビリティ富山 Gスクエア五福前」という日本一長い駅名になりました。
富山市内線(21)

国際会議場前 2010(H22).11.4

富山都心線を走る銀色の9000形セントラムです。
富山都心線は、都心の環状運転を実施するため、富山市の尽力により2009(H21).12.23に開通しました。開通区間は、丸ノ内→国際会議場前→大手モール→グランドプラザ前→中町(西町北)の単線一方向運転です。
環状運転開始に合わせて作られたのが写真の9000形3編成で、セントラムという愛称が付けられました。
この大手町交差点のカーブを曲がると国際会議場前電停です。
富山市内線(22)

国際会議場前 2010(H22).11.4

富山城を背に黒色のセントラムが到着します。
セントラムは3編成あり、黒・銀・白の3種類に塗り分けられています。
富山市内線(23)

富山駅前 2013(H25).10.17

富山駅前を走る白色のセントラムです。
富山地鉄ホテルに泊まり、そこから朝早い時間に撮りました。
富山市内線(24)

富山駅前 2013(H25).10.17

富山の市内電車は1913(大正2)年9月1日に開業しました。
この年に開業100周年を迎えましたので、8004号をLED電球で装飾した花電車が走行しました。
(夜の方が綺麗ですが…)
富山港線① Nさん撮影

岩瀬浜 2003(H15).11.8

JR富山港線時代の終点・岩瀬浜に停車中の交直両用電車です。
富山港線は、1924(大正13)年に富岩鉄道により開業した私鉄路線で、開業時から直流電化されていました。その後、国有化され、北陸線が交流電化された後も、離れ小島のように直流電化のまま残り、旧型国電で運行されましたが、晩年は北陸線と同じ交直両用電車が使われました。
詳細は→Wiki富山港線をご覧ください。
富山港線②

岩瀬浜 2006(H18).7.16

富山港線は、2006(H18).4.29に富山ライトレールが引継ぎ、低床式路面電車が走る路線に変貌しました。

富山ライトレールが開業して間もない頃の岩瀬浜です。

車両はTLR0600形で、ポートラムという愛称が付けられました。開業時7編成が導入され、編成毎に正面窓下と扉付近の異なるアクセントカラーが使われています。混電車は黄緑色です。
富山港線③

競輪場前~岩瀬浜 2006(H18).7.16

赤いポートラムが運河を渡ります。

ここは、ポートラムの有名撮影地(お立ち台)です。
富山港線④

城川原 2006(H18).7.16

車庫のある城川原です。
運転台後ろから交換列車を撮りました。
富山港線⑤

富山駅北 2006(H18).7.16

富山ライトレール開業間もない頃の富山駅北です。

向こう側は、地上時代のJR富山駅で高架化工事のための準備工事が始まっていました。

富山駅の高架化完成に伴い、この線路を向こう側(南)へ延伸し、2020(R2).3.21から既存の市内電車との南北直通運転を開始しました。
 富山地鉄・鉄道線
Top頁(Home)へ 2022(R4).2.5up

参考図書:「世界の鉄道'73」 朝日新聞社 1972(昭和47)年10月発行