お堀を走っていた頃の 瀬戸電   堀川・本町

堀川駅(1975.9)  瀬戸電 堀川・本町@

堀川  1975(昭和50)年9月

瀬戸電の終点「堀川」駅です。
都心に比較的近いにもかかわらず、寂れたムードが素敵でした。

地図を見ていただくとお分かりのように、すぐ近くを堀川(運河)が流れており、昔は貨車から船へ、船から貨車への貨物の積み替えで賑わっていたということです。

この堀川駅最寄りの市電の電停は景雲橋でした。このあたりからアーケードの円頓寺(えんどうじ)商店街が始まっていました。この頃の円頓寺には、賑やかだった昔の面影がまだ残っていました。
A 堀川  1973(S48).5.20 Nさん撮影
 堀川駅を見下ろしました。
 貨物上屋が残っていました(線路は撤去されていますが)。
B 堀川  1975(S50).9
 堀川駅を見下ろしました。左の写真から2年後です。
 貨物上屋はなくなっていました。
 
瀬戸電 堀川・本町C

堀川〜本町  1975(S50).9

堀川と本町の中間あたりです。
お堀区間では、電車が一番スッキリと撮れる場所でした。
   
D 堀川〜本町 1975(S50).9
 お堀のススキと瀬戸電です
E 堀川〜本町 1973(S48).3
 本町橋の上から堀川方向を見て撮りました。まもなく本町到着です。
  瀬戸電 堀川・本町F

堀川〜本町  1976(S51).1.23

上の写真Eとほぼ同じ位置で、雪の日に、本町橋の横から堀川方向を見ています。
本町橋の下は狭かったので、線路が接近してきています。

  瀬戸電 堀川・本町G

本町 1973(S48).3

本町橋の上から本町駅を見下ろしました。
上の写真EFの逆方向を見た写真です。
瀬戸電 堀川・本町H Nさん撮影

本町 1973(S48).5.20

本町駅に到着する754号+2221号です。
後方の線路を跨ぐ橋が本町橋で、橋の下の幅が狭いため、有名なガントレット(搾線)になっていました。
複線でありながら、実質的には単線と同じですが、分岐器を省略することができます。

この754号は、約3ヶ月後(1973年8月)に揖斐・谷汲線に転属し、谷汲線の廃線(2001(H13)年)まで活躍しました。
1928(S3)年製造され、柳橋から名古屋市電区間を走り、当時の名鉄のターミナル押切町を経て尾張各地を結んだ由緒ある電車です。
73年間という驚異的に長い現役時代を全うしたあとは、この瀬戸線時代の姿に復元され、瀬戸市の「瀬戸蔵ミュージアム」に保存されました。
 
瀬戸電 堀川・本町I

本町  1972(S47).9

本町駅のホームから撮ったガントレットです。

←瀬戸電 堀川・本町J

 本町 1973(S48).3

本町駅に通ずる唯一の道です。未舗装の道で、都心近くの駅とはとても思えません! しかし、石垣の向こうは官庁街!

都会のエアーポケットみたいなところでした。
↓瀬戸電 堀川・本町K

 本町 1973(S48).3

近所の子供の隠れた遊び場、秘密の基地になっていたような感じです。
 
瀬戸電 堀川・本町L

本町 1973(S48).3

750形単行の堀川行きが来ました。

子供たちは電車と競争します。
 
M 本町 1973(S48).3
  本町を出発していく喜多山行き750形単行運転です。
 N 本町 1973(S48).3
  本町駅は、周りの景色から隔離されたような場所でした。
O 本町  1972(S47).6

 本町から大津町に向かう2220形です。
 本町駅ホームから撮りました。
 堀川〜土居下 廃止記念1DAY FREE乗車証→
(ガントレットを堀川側から見た写真です)  
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