津島軽便堂写真館

三岐鉄道 2/4   三岐鉄道70周年    「いぶき号」三岐編   →三岐1   三岐3 三岐4

2000(平成12)年7月から、三岐鉄道開業以来の大輸送:中部国際空港埋立用土砂輸送が始まりました。その翌年7月には三岐鉄道開業70周年を迎えるということで会社も盛り上がり、社長から「住友大阪セメント伊吹工場に保存してある102号機関車を引き取り、三岐沿線で展示したい」という話が出ました。
すぐに住友大阪セメントへ連絡、譲渡可の回答をもらい、2001(平成13)年7月の70周年記念式までに三岐沿線へ展示することが決まりました。展示場所は東藤原なども検討されましたが西藤原駅に決定しました。輸送+保存工事内容について打ち合わせ、名鉄住商
(名鉄の車両部門子会社)が受注し、私が担当責任者になりました。三岐鉄道70周年に向けた工事の記録をご覧ください。
三岐鉄道(25) 2000(H12).8.23

住友大阪セメント伊吹工場入口に保存してあった蒸気機関車102号です。

この機関車は、昭和6年(1931
)三岐鉄道が鉄道開業にあわせて汽車製造で新製した機関車です。三岐鉄道の主力機関車として開業以来、戦後電化されるまでの23年間、貨物列車の牽引に活躍し、戦中の液体燃料不足時は客車列車の牽引もしました。
三岐鉄道の電化により、昭和29年に大阪窯業セメントへ譲渡され、東海道本線近江長岡駅~伊吹工場間の専用線で活躍しました。昭和31年に同専用線が電化されたため廃車となりましたが、伊吹工場内で保存されていました。
住友大阪セメント伊吹工場業務課長のご配慮により、譲渡してもよいと回答をもらいましたので、2000(平成12)年8月23日に、三岐鉄道の担当者と一緒に伊吹工場を訪ね、SL102号の調査をしました。
三岐鉄道(26) 2000(H12).8.23

住友大阪セメント伊吹工場入口

102号の後ろ姿です。
廃車後44年間、屋外で雨ざらしになっていたので、各部の腐食は進み、穴の開いてる部分も発生していました。
三岐鉄道(27) 2001(H13).3.19

住友大阪セメント伊吹工場

蒸気機関車102号の運転室内部です。
窓ガラスは割れて塩ビの板が当ててあり、天井の木材は腐食、鉄の部分は錆び付き、塗装は剥がれ、床は抜けそうな状態でしたが、一般人が入れない場所に保存されていたので、運転室内は良好な状態を保っていました。

輸送の打ち合わせをするため、輸送の2週間程前、輸送業者(日通)と一緒に現地調査をしました。
SL輸送(伊吹工場→西藤原駅前)は、2001(平成13)年4月2日に実施しました。
SL輸送の模様は
「いぶき号」三岐編をご覧ください
三岐鉄道70周年で、開業時の蒸機102号を西藤原駅に保存することが決定し、(1両では寂しいので?)北勢町の三岐通運事業所に保存されていたDB25も、三岐通運50周年で西藤原へ移転保存されることになりました。このDB25の輸送と塗装も名鉄住商が受注しました。
三岐鉄道(28) 三岐通運の事業所 2001(H13).3.19

北勢町鎌田交差点近くの事業所に保存されていたDB25です。伊吹工場でSLの輸送調査した後、DLの輸送調査もしました。
三岐鉄道(29) DB25の看板 2001(H13).3.19

DB25横の説明板「私の歴史」。関西線八田駅で使われた機関車です。
三岐鉄道(↑30・31・↓32・33) 三岐通運事業所 DB25の搬出---日通へ発注 2001(H13).4.1

DBが保存されていた場所の真上に電線があり、クレーンが使用できないため、車両を一旦ジャッキアップし、コロを使ってクレーンの使えるところまでゆっくり横引きして搬出しました。盤木を組んで横引き用の通路を作り、車両の下にコロ(パイプ)を入れて横引きしているところです。こんなやり方があるのかと見て感心しました!
三岐鉄道(34)

三岐通運営業所 2001(H13).4.1

DB25の搬出。
クレーン吊り上げ可能な位置までの横移動が終わり、これから吊り上げて低床トレーラーに乗せます。

背景は藤原岳です。
ここから西藤原駅までは約4km。近いです。
三岐鉄道(35)

 西藤原  2001(H13).4.1

西藤原に到着したDB25です。
この後、クレーンで線路上に降ろしました。
作業しやすいようにホームから少し離れた位置(富田方)に降ろしました。


輸送チームは、この翌日(4/2)、蒸気機関車102号を住友大阪セメント伊吹工場で搬出しました。
その搬出風景は
「いぶき号」三岐編をご覧ください
三岐鉄道(35)

 西藤原  2001(H13).4.3

伊吹工場で4月2日にトレーラーへ積み込まれた102号は、翌3日の早朝に西藤原へ陸送されました。
(伊吹工場~西藤原間は約35km)

車体と車輪を分離して輸送したため、別々に整備することにし、車体を仮置き台に降ろしました。
煙突は輸送時の高さ制限のため一旦切断しましたが、搬入後真っ先に取り付けました。
三岐鉄道(36) 西藤原  2001(H13).4.3

搬入されたSLとDLです。7月下旬の70周年記念式での公開に向け、この場所で整備工事を開始しました。工期約3ヶ月半です。
三岐鉄道(37) 西藤原  2001(H13).5.10

SLの運転室の床は錆びてボロボロになっていたので、全部剥がして張り替えることにしました。
三岐鉄道(38) 西藤原  2001(H13).5.19

SLとDLの周りに仮足場を組み、養生ネットを張り、その中で整備・塗装作業を行いました。
三岐鉄道(39) 西藤原  2001(H13).5.19

SLは穴が開いた部分を溶接修理し、下塗りをした後、凸凹をパテで修理後、黒色で全体を塗装します。DLは塗装だけです。
三岐鉄道(40) 西藤原  2001(H13).5.10

動輪は固着して動かない状態でしたが、作業を見に来られた社長が「連結棒が下にあったほうが格好いいよなぁ」とつぶやかれたので、クランクピン・ブッシュ・軸受部に給油し、ハンマーで衝撃を与えながら、写真のようにヒッパラーで引張って動輪を回転させ、連結棒を下側にしました。
三岐鉄道(41) 西藤原  2001(H13).5.19

連結棒が下になった動輪です。この連結棒を銀色に塗った展示SLをよく見かけますが、何か安っぽく見える気がします。
作業者にお願いし、動輪のボスと連結棒を磨きだし、クリヤーで塗装してもらいました。これで重厚感が出たと思います。
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 西藤原 2001(H13).5.28

大まかな修繕が済み、全体塗装が終わったSLとDLです。養生ネットと仮足場が外されました。
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 西藤原 2001(H13).5.30

仕上げ工事を行うため、展示場所への据付作業を行いました。
まずDLをトレーラーで引張り、所定位置へ移動しました。
三岐鉄道(44)

 西藤原 2001(H13).5.30

次に、SLを展示場に移動するため、車輪車軸をクレーンで吊って所定位置へ運搬しました。
車輪の内側にあるのが軸箱で、車体側台枠の軸箱守に、はまり込みます。
輪軸の下には、整備が終わった制動梁・制動引棒の組立品が取付に備えて置いてあります。
三岐鉄道(45)

 西藤原 2001(H13).5.30

車体と輪軸の結合です。
輪軸のセットが終わったので、車体をクレーン2台で吊り上げて、輪軸の上に乗せます。
三岐鉄道(46)

 西藤原 2001(H13).5.30

車体と輪軸の結合その2です。
慎重な位置合わせが必要なので、時間をかけて行いました。その間に機関車の前側へ回って撮りました。

この作業が終わった後、外回りや運転室内の仕上げ工事を行いました。
三岐鉄道(47)

 西藤原 2001(H13).7.20

車両展示場所には立派な屋根が出来ました。
完成したDB25です。塗装が完了した後、窓ガラスを強化ガラスに取り替えました。

70周年記念式を3日後に控え、全ての工事を7月10日に完了させ、翌日に完成立ち会い検査を受けました。
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 西藤原 2001(H13).7.20

完成したSL102号です。

1938(昭和13)年の写真(牧野俊介氏撮影)を目標に復元しました。
参照→三岐鉄道車輛大図鑑→蒸気機関車→E101形

仕上げのタッチアップ塗装や汽笛や安全弁などの磨きだしも終わりました。
先頭の丸形ナンバープレートや水タンク横の社紋プレートは、三岐鉄道支給品を取り付けました。
三岐鉄道(49)

 西藤原 2001(H13).7.20

運転室内も驚くほど綺麗に仕上がりました。
天井も窓枠も綺麗な木製で復活しました。窓ガラスは強化ガラスに替えました。


完成した102号をご覧になった三岐鉄道社長から「期待以上の出来栄えだ」と、お褒めの言葉をいただき、とても嬉しかったです。
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 西藤原 2001(H13).7.23

三岐鉄道の開業70周年記念式が西藤原で盛大に開催されました。
社員や関係者の前で、社長のご挨拶です。

SL・DLの展示工事を請け負った名鉄住商の社長・常務
と共に私も一員として参加しました。
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 西藤原 2001(H13).7.23

除幕式です。
まずSL102号の除幕です。
次にDB25号を行いました。
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 西藤原 2001(H13).7.23

ウイステリア鉄道のシンボルマーク発表です。
西藤原駅周辺を鉄道公園にして、芝生広場の中に線路を敷き、ライブスチーム模型(石炭を焚いて走るミニSL)を走らせることになりました。
保存車両を含めたボランティア活動全体がウイステリア鉄道と命名されました。ウイステリアは「藤」の花で、西藤原駅のある藤原町(現・いなべ市)の町花です。
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 西藤原 2001(H13).7.23

地元小学校の鼓笛隊の演奏で、式典を盛り上げてもらいました。
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 西藤原 2001(H13).10.14

WISTERIA EXPRESSのヘッドマークを付けた急行・西藤原行きが到着。
駅の奥へ留置されました。

70周年記念式典から約3ヶ月後の、鉄道記念日10月14日(日)、西藤原駅前の芝生広場にミニSLが走る庭園鉄道が完成。初の運転会が開催されました。
三岐鉄道(55) 西藤原 2001(H13).10.14

保存展示された102号の前の、ミニSL(1/8.4)の三岐101号です。本物と同様、水と石炭で動きます。
三岐鉄道(56) 西藤原 2001(H13).10.14

この日は、ライブスチームを所有する方々も機関車持参で参加されました。学生時代にお世話になったI先輩もコッペルを運転!
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 西藤原 2001(H13).10.14

地元の人たちや鉄道ファンで賑わいました。
私も会社の仲間たちと缶ビール・つまみ持参して、芝生の上でミニSLを見ながら大宴会をしました。
三岐鉄道(58)

 西藤原 2001(H13).11.23

上の写真の約1ヶ月後です。ウイステリア鉄道は賑わっていました。
この日は、駅の近くにある紅葉の名所「聖宝寺」へ行きました。↓


ウイステリア鉄道は、毎週日曜日に運転されましたが、2015(平成27)年3月に運転を終了したということです。
 2020(R2).6.5up  
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参考図書:「三岐鉄道70周年記念誌-地域とともに歩む」 2001(H13).10.14 三岐鉄道発行  →こちら
     RM LIBRARY 62 「三岐鉄道の車輌たち」 南野哲志・加納俊彦著 ネコ・パブリッシング 2004.10.1発行
     「私鉄車両めぐり特輯[第Ⅰ輯]」 鉄道図書刊行会 1977(昭和52)年7月発行
(元は私鉄車両めぐり第2分冊1962.3月号)
     「世界の鉄道'76」 朝日新聞社 1975(昭和50)年10月発行