津島軽便堂写真館

大阪セメント「いぶき」 4/4 (その後のいぶき号・三岐編) 大阪セメント1 大阪セメント2 大阪セメント3

大阪セメント(41) 2000(H12).5.18

三岐鉄道 保々

中部国際空港埋立用土砂輸送の助っ人として、501号は3年間大井川鉄道から三岐鉄道へ貸し出されました。
2000(平成12)年3月18日に大井川鉄道で復活運転を行ってから、わずか2ヶ月後の5月18日に三岐鉄道へ運ばれてきました。

車両区のある保々駅構内で、これからクレーンで吊り上げられレールの上に下ろされます。

7ヶ月ほど前、伊吹工場から新金谷まで230kmを延々とトレーラーで運ばれていったのですが、180km戻ってきました。(伊吹工場~保々は、ほぼ50km)
大阪セメント(42) 2000(H12).5.18

三岐鉄道 保々

吊り上げられた501号です。
これから台車の上に下ろされます。
大阪セメント(43) 2000(H12).5.18

三岐鉄道 保々

台車の上に下ろされた501号にパンタを取り付けます。
このあと、黄色のモーターカーに引っ張られて車庫に入りました。
写真左奥に写っているのが車庫です。
大阪セメント(44) 2000(H12).5.18
  三岐鉄道 保々

いぶき502号を吊り上げて、台車の上に下ろしました。この502号は、大井川鉄道から三岐鉄道へ譲渡されました。

三岐鉄道の機関車は重連運用が基本ですので、「いぶき501・502号」は、早速、重連総括制御化改造工事が開始されました(名鉄住商工業が保々車両区で施工)。
3年間限定運用なので、工事費抑制のため、連結方向を固定し、501号が富田方、502号が藤原方としました。
主な改造工事内容は

・制御回路、コンプレッサ同期回路、パンタ下げ回路、砂撒き回路等の引き通し線の設置
・ジャンパー線の取付(常時連結側のみ)

・ATS取付(当時大井川鉄道はATS未設置)
・列車無線取付
・パンタ上げ紐取付
三岐の機関車は右運転台が基本ですが、左運転台のままとしました。重連総括制御化改造工事は7月上旬に完成しました。
大阪セメント(45) 2000(H12).8.23
  三岐鉄道 東藤原

中部国際空港埋立用土砂輸送は、7月下旬から開始されました。
502-501号の重連が先頭に立ち、土砂輸送用貨車16両(返空)を引っ張って、東藤原に到着しました。
中部国際空港の空港島と前島の埋立には約8,000万立米の土砂が必要といわれ、そのうちの300万立米を三岐鉄道が輸送しました。
この土砂輸送は、500万トン(300万立米)の土砂を2年半で輸送するという大規模なものでした。
1列車で35t×16両=560t輸送し、1日10列車×360日の運行で年間約200万トンになり、やっと目標が達成できるという大輸送でした。

2000(H12)年7月24日のダイヤ改正から、1日9往復の土砂輸送列車が設定され、従来のセメント輸送列車3往復も活用して、輸送力を確保しました。
詳細は「三岐鉄道70周年記念誌-地域とともに歩む」をご覧ください。
計画の浮上から実現までの迅速な対応と、大輸送を計画通り完遂された三岐鉄道には、改めて敬意を表します。
大阪セメント(46) 2000(H12).8.23
  三岐鉄道 東藤原

太平洋セメント藤原工場を背景に、501-502号重連の土砂輸送列車が出発します。
セメント工場を背景にすると、古巣に戻ってきたような感じですね。
ここから故郷の伊吹工場までは、車で走れば1時間(距離40km)です。

501号は、大阪セメントのライオンマークを側面に付けたままですが、502号は三岐鉄道の社紋を取り付けています。
パンタ上げ用の引き紐も取り付けられました(前照灯の左)。なお前照灯は、この後シールドビームの2灯式に取り替えられました。
土砂輸送は、2002(平成14)年12月まで2年5ヶ月間続けられましたが、私が撮った三岐で活躍する501・502号の写真は、この2枚だけです。
本線運用の機関車は他に9両いて、501-502号は予備機として運用されていましたので、なかなか巡り会うことは出来ませんでした。しかし、大輸送を支えるためには予備機が必要不可欠ですから
、その役目は十分果たせたと思います。
 2000(H12)年7月24日に改正された、中空埋立土砂輸送が全盛期の三岐鉄道のダイヤです。青線が土砂輸送貨物列車、緑線がセメント等の貨物列車
 貨物列車は電気機関車2両の重連でワンマン運転、電車も2~3両連結のワンマン運転です。
大阪セメント(47) 2000(H12).8.23

  伊吹工場入口

中空埋立土砂輸送が順調に開始された頃、三岐鉄道の社長より「来年、三岐鉄道が開業70周年を迎えるので、住友大阪セメント伊吹工場入口に保存してあるSL(三岐鉄道開業時の102号)を引き取り、三岐沿線で展示したい」という話が出ました。
伊吹工場業務課長のご配慮により、譲渡してもよいという回答をもらいましたので、2000(平成12)年8月23日に、三岐鉄道の担当者と一緒に伊吹工場を訪ね、SL102号の調査をしました。

住友大阪セメント伊吹専用線の廃止から1年2ヶ月後、いぶき501・502号の搬出から10ヶ月後の伊吹工場です。
藤棚の右側の建物が、501・502号の車庫だったところで、その手前側(藤棚のすぐ横)が係員の詰所でしたが、役目を終えていました。
大阪セメント(48・49) 伊吹工場 2000(H12).8.23  SL調査のついでに奥へ行くと、建物の中にDB形機関車がまだ2両いました。
 当時の名鉄住商の同僚Yさんの話では、このDB2両は2005(H17).1.27に伊吹工場を搬出し、名古屋市中川区の中部鋼鈑へ工場内入換用に譲渡されたそうです。
大阪セメント(50) 伊吹工場 2001(H13).4.2

2001(H13)年4月2日に、SL102号を伊吹工場から搬出しました。
三岐鉄道の終点・西藤原に展示することが決まり、名鉄住商が保存展示工事を請け負いました。廃車後44年間雨ざらしで保存されていましたので、各部の腐食が激しい状態でした。架線引き止め用の電柱2本が搬出の妨げになるため、まず電柱の撤去から始めました。
大阪セメント(51) 伊吹工場 2001(H13).4.2

自重43tの機関車をそのままトレーラに積んで運ぼうとしましたが、滋賀県警から重量オーバーで許可が下りず、やむなく車輪を分離して運ぶことにしました。軸箱守付近が錆び付いて車輪分離が出来ないので、事前に台枠の一部をガスで切断しました。保存してあった場所の手前に仮設レールを引いて、車体を持ち上げ車輪を引っ張り出しました。
大阪セメント(52) 伊吹工場 2001(H13).4.2

引きずり出した車輪(動輪)をトレーラーに積み込みます。
動輪はサイドロッドのピン部分が固着していて回転しなかったため、レールに油を塗って引きずり出しました。
大阪セメント(53) 伊吹工場 2001(H13).4.2

クレーン車の設置位置が限定されたため、車体を吊り上げ→車輪を引き出し→車体を一旦仮置き→車輪を積み込み→車体を再度持ち上げ→車体の下にトレーラーを入れて積み込みました。煙突は輸送時の高さ制限に抵触するため、一旦切り離しました。
大阪セメント(54) 三岐鉄道 西藤原 2001(H13).4.3

明け方に伊吹工場からトレーラーで運ばれて、保存展示場所の西藤原に到着しました。伊吹工場~西藤原は、わずか35kmです。近い!
大阪セメント(55) 三岐鉄道 西藤原 2001(H13).4.3

車体と車輪を分離したため、別々に整備することにし、車体を仮置き台に乗せました。このあと、周囲に仮設足場を設置、養生ネットを張って中で作業しました。
大阪セメント(56) 2001(H13).7.20

 三岐鉄道 西藤原

2001(平成13)年7月23日に、三岐鉄道開業70周年記念式典がこの場所で開催されました。それに間に合うように整備・復元作業が完了した102号です。

蒸気機関車102号は、昭和6年(1931)三岐鉄道が鉄道開業にあわせて汽車製造で新製した機関車です。三岐鉄道の主力機関車として開業以来、戦後電化されるまでの23年間、貨物列車の牽引に活躍し、戦中の液体燃料不足時は客車列車の牽引もしました。
三岐鉄道の電化により、昭和29年に大阪窯業セメントへ譲渡され、東海道本線近江長岡駅~伊吹工場間の専用線で活躍しました。昭和31年に同専用線が電化されたため廃車となりましたが、伊吹工場内で保存されていました。

なんとか開業時の姿に復元しようと写真を探したのですが、1938(昭和13)年の写真が最も古く(牧野俊介氏撮影→三岐鉄道車輛大図鑑)、その写真の姿を目標に復元しました。
大阪セメント(57) 2012(H24).10.7

 三岐鉄道 西藤原

三岐鉄道70周年記念事業で、西藤原駅にSL102号とDB25号が保存され、駅前に芝生広場を整備しライブスチーム路線も出来ました。
ウィステリア鉄道と名付けられ、毎週日曜日に102号のミニSLが運行されています。


中部国際空港埋立用土砂輸送は、
2000(H12)年7月から始まり、2002(H14)年12月に終了しました。
その助っ人として活躍した「いぶき501・502号」は、その役目を終えました。
2003(H15)年3月に、501号は大井川鉄道へ返却され、502号はここ西藤原駅に保存されました。
津島軽便堂Topページへ戻る      大阪セメント1へ   大阪セメント2  大阪セメント3    2013(H25).5.11up
参考図書:「三岐鉄道70周年記念誌-地域とともに歩む」 2001(H13).10.14 三岐鉄道発行   →こちら