津島軽便堂写真館

山野炭鉱の凸型機関車 4/4        山野炭鉱1へ  山野炭鉱2へ  山野炭鉱3へ

山野炭鉱の上段軌道・南側の線路配置図です。
この地図の右(北側)の部分は山野炭鉱2の一番下の図をご覧ください

railbusさんの図と写真をたよりに憶測で描いてありますので、全く自信がありません。前頁までの図に比べるとかなり精度が落ち、間違い部分が多数あると思います。線路がもっとたくさんあったはずです。ご了承ください。 


の中の数字(34〜40)は、写真の番号です。
山野炭鉱(34) railbusさん撮影

        1971(S46).6.26

山野炭鉱の車庫です。
車庫の前に凸型の2号機がいました。

これまでの写真(1〜34)から、電気機関車の1・2号機が凸型、3・5号機がL型でした。

2号機の左側にいる機関車はL型ですが、番号が正面に書いてありません。3・5号機と窓の形状も違います。
参考図書の 「全国鉱山鉄道」P85を見ると、同じような機関車の写真があり、6号機と書いてあります。従って2号機の左側にいる機関車は6号機と思われます。
山野炭鉱(35) railbusさん撮影

        1971(S46).6.26

上段軌道の南側から北を見た全景です。
一番奥がチップラー小屋です。

右側にデルタ線の一部が写っており、その右側に車庫があったと思います。
山野炭鉱(36) railbusさん撮影

        1971(S46).6.26

炭車の入換に活躍する凸型1号機です。

何度見ても素晴らしいスタイルの機関車ですね!
山野炭鉱(37) railbusさん撮影

        1971(S46).6.26

1号機に引っ張られて入換中の炭車です。
流し撮りをしてみました。
山野炭鉱(38) railbusさん撮影

        1971(S46).6.26

これが、山野炭鉱の軌道を写した最後の写真です。
山野炭鉱の上段軌道の一番南の部分です。
右に道路があり、そこから入る踏切が写っています。帰路はその踏切から外へ出ました。
写真奥には、今までとは別のチップラー小屋が写っています。
推測すれば、ズリを炭車でそのチップラー小屋へ運び、そこからベルトコンベアでボタ山へ運び上げていたと思います。この写真の左(東側)奥にボタ山がありました。
←山野炭鉱(39) 1971(S46).6.26  railbusさん撮影

山野炭鉱の巨大な竪坑櫓です。
炭鉱の南側の奥のほうにありました
残っていれば、立派な産業遺産になったのでしょうが・・・
↑山野炭鉱(40) 1971(S46).6.26  railbusさん撮影

山野炭鉱を出て、帰路に撮った炭住街です。
高台になっている炭鉱の入口付近(上の写真(37))から、西方向を見下ろした風景です。


可愛らしい凸型電機の活躍していた「山野炭鉱」を最後までご覧いただきありがとうございました。
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参考図書: 「全国鉱山鉄道」 岡本憲之著・JTBキャンブックス・2001.10発行