津島軽便堂写真館
宇高連絡船にお世話になった世代にとって、四国の玄関は高松です。その高松から3方向に出ている私鉄が、高松琴平電鉄(ことでん)です。その歴史を調べると、戦時中に琴平電鉄(現・琴平線)、讃岐電鉄(現・志度線)、高松電気軌道(現・長尾線)が合併して出来た会社でした。Wikipedia
昭和47年度私鉄要覧(運輸省鉄道監督局監修)によれば、
 ・琴平線:高松築港~琴電琴平 32.9km(1500V)
 ・志度線:瓦町~琴電志度 12.6km(1500V)
 ・長尾線:瓦町~長尾 14.6km(600V)  計60.1km
軌間は、全線1435mmの標準軌で、志度線、長尾線のほうが歴史が古く、琴平線があとから出来ています。

琴電には、現在も旧型電車が復活運転されていますが、旧型電車が現役で活躍していた、昭和時代の琴電の写真をご覧ください。

この地図は、国土地理院1/20万 「徳島」S43.11.30発行(右半分)、「岡山及丸亀」S49.10.30発行(左半)
撮影最寄り駅にを付け、駅名を記入しました。

高松琴平電鉄 1/3  旧型電車が活躍していた昭和時代    琴電2へ  琴電3へ

↑琴電①

 瓦町 1988(S63).2.20

琴電のターミナル・瓦町駅です。
昔の面影を伝えるの賑やかな駅でした。
←琴電② Nさん撮影

志度線
房前~原 1973(S48).7.26

志度線の終点付近の海沿いを走る230号です。
この電車は、「世界の鉄道'75」によれば、宮城電鉄から来ています。
琴電③ Nさん撮影

志度線
房前~原 1973(S48).7.26

松林のある海沿いを走る315号です。
遙か彼方には、特異な形状の八栗山が見えました。


Nさんは、1973(昭和48)年の夏に、非鉄仲間と一緒に小豆島・四国旅行をし、他の人が栗林公園観光をしている間、志度線・長尾線を乗りに行きました。
琴電④ Nさん撮影

長尾線・長尾 1973(S48).7.26

おしゃれな貫通扉が魅力的な、元阪神電車37号です。

床屋さん電車・喫茶店電車と呼ばれていました→「はなぶさをご覧ください
床屋さんがいた頃の琴電」も


長尾線は、1976(昭和51)年12月に600V→1500Vに昇圧されたました。
600V時代晩年の長尾線の主役は、元阪神の、この30形電車でした。
琴電⑤ Nさん撮影

長尾線 1973(S48).7.26

長尾線のひまわり畑の横を走る、元阪神の30号です。
琴電⑥ 志度線

塩屋~房前 1977(S52).5.6

志度線に乗り、塩屋を出てしばらくすると海が見えます。
海沿いに出て直ぐのところを志度行きが通り過ぎました。


私が初めて琴電を訪ねたのは、1977(昭和52)年のゴールデンウィークでした。
このときは、土佐電、伊予鉄、琴電の四国の私鉄めぐりをしました。
琴電⑦ 志度線

 屋島 1977(S52).5.6

志度線には、屋島、八栗山といった観光名所がありました。
そこにはケーブルカーも走っていましたが、この屋島駅近くから出ていた屋島ケーブルは廃止になってしまいました。
昔は、観光客で賑わった面影が残る駅舎でした。
高松築港行きの510号が、まもなく屋島を出発します。
左の方には、たくさん電車が止めてありました。その電車の写真が下の⑧です。
琴電⑧ 志度線

 屋島 1977(S52).5.6

屋島駅の留置線にいた、元阪神の床屋さん電車です。
長尾線で活躍していた電車ですが、1976(昭和51)年12月の長尾線昇圧で役割を終え、しばらく屋島駅に留置されていたものと思われます。


この5ヶ月前に琴電を訪問していれば、元阪神電車の活躍シーンが見られたと思うと残念でたまりません。
(当時はそんな知識もなく、あとから調べて分かったことですが・・・)

京福電鉄福井支社野上電鉄にも同じタイプの電車がいたのですが、そちらも車庫でしか撮っていませんでした。
琴電⑨ 志度線

 屋島 1977(S52).5.6

八栗行きが屋島に到着しました。

高松築港・瓦町から乗ってきた観光客は、ここで降りて左の方の屋島ケーブルの乗り場へ向かいます。


右ホームの右の線(兼留置線)にいる73号は、元東濃鉄道駄知線103号ということです。→Wikipedia
琴電⑩  Nさん撮影

屋島ケーブル 1973(S48).7.26

琴電屋島駅の近くの、屋島登山口~屋島山上を結んでいたケーブルカーです。
正式名称は、屋島登山鉄道で、琴電の系列会社でした。
1929(昭和4)年開業の歴史ある路線で、戦時中の休止を経て、戦後運転再開されましたが、2004(平成16)年に運転休止、そのまま翌年に廃止されました。
琴電⑪  Nさん撮影

 瓦町 1973(S48).7.26

瓦町に到着する1011号の準急琴平行きです。

金比羅さんで有名な琴平に向けて、昔は瀬戸内海沿いの港町から、「琴平参宮電鉄」坂出-丸亀-善通寺-琴平、多度津-善通寺、「琴平急行電鉄」坂出-琴平が走っていましたが、かなり昔に廃止になり「琴平電鉄」だけが残りました。
琴電⑫

 瓦町 1977(S52).5.6

瓦町駅3番線に停車中の510号八栗行きです。
3番線は、志度線専用ホームで、高松築港から来た電車は、ここで折返し屋島・八栗・志度方面に向かいました。高松築港行きの志度線列車も、この3番線で折り返しました。
琴電⑬

 瓦町 1977(S52).5.6

瓦町に到着する長尾線の列車です。

この93号は、元京浜急行の電車で正面貫通路上の屋根のカーブに特徴があります。
志度線用の電車でしたが、長尾線の昇圧(1976(S51).12)により、長尾線に転用されました。
琴電⑭

 瓦町 1977(S52).5.6

4・5番線に停車中の長尾線の列車です。
共に元志度線の電車でした。向こうの62号は「世界の鉄道'75」によれば、自社で本格的車体新造を施工した最初の電車ということです。

当時、長尾線の列車は瓦町で折り返していました。
手前の100号は折返して、長尾線の平木行きになります。
↑琴電⑮ 瓦町 1977(S52).5.6

810号の高松築港行きが、まもなく瓦町駅1番線に到着します。
この電車の生まれは豊川鉄道で、福塩線時代に廃車となったのを払い下げられた買収国電です。当時最大級の車体でした。
←琴電⑯ 長尾線・平木 1977(S52).5.6

平木に到着した100号です。
運転士が行き先板を平木→瓦町へひっくり返しています。
100号は、大正15年生まれの琴電オリジナル電車で、当時の琴電の最古の電車でした。楕円の車号番が良いですね!
この電車に乗り、平木まで来ましたが、長尾線全線乗るために長尾行きを待ちました。(長尾の写真はありませんが・・・)

琴電⑰

長尾線・平木 1977(S52).5.6

130号が平木駅を出発しました。

右の方には、5ヶ月前まで長尾線の主役だった、元阪神の30形が留置されていました。


この写真が、このときの四国旅行最後の写真です。
   2013(H25).6.22up
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参考図書:「琴電100年のあゆみ」 森 貴知著 JTBパブリッシング2012(H24).3.1発行
       「世界の鉄道'75」 朝日新聞社1974(S49).10.14発行
       「日本鉄道旅行地図帳 11号 中国四国」 新潮社2009(H21).3.18発行