津島軽便堂写真館

西鉄 北九州線 3/4 戸畑・枝光線、大門~中央町   北九州線1 北九州線2 北九州線4+筑豊電鉄

西鉄北九州線(39)

 幸町 1975(S50).8.3

交差点(三叉路)のど真ん中にある、幸町電停の待合所で電車を待つ人たちです。
円形屋根の待合所から、東方向を見ていますので、大門・小倉方面から枝光・中央町方面に向かう電車が到着したところです。

幸町電停は、戸畑線と枝光線の分岐点で、3方向から来た線路が、デルタ線(三角線)を形成していました。
当時、路面電車のデルタ線はそんなに珍しくなかったのですが、△の線路の真ん中に待合所がある電停は、非常に珍しい存在だったと思います。
幸町付近の航空写真

「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より
昭和49年度撮影に加筆

空中写真画像(戸畑付近)


この当時の北九州の空中写真画像を見ると、線路がいっぱい写っているので、時間を忘れて見入ってしまいます。
西鉄北九州線(40)

 幸町 1975(S50).8.3

東南方向から見た、幸町電停の全景です。
上の写真(39)の逆方向から見ています。
待合所の屋根の向こうには、若戸大橋の上の部分が見えます。

戸畑から大門・小倉方面に向かう電車が近づいたので、待合所のお客さんが電車乗り場へ移動します。
電車の接近が3方向とも見通せる、非常に便利な位置に待合所があったわけです。
西鉄北九州線(41)

 幸町 1975(S50).8.3

東南方向から見た、幸町電停の全景です。

右の電車(連接車)は、大門・小倉方面から戸畑に向かい、左の電車は、戸畑から枝光・中央町・八幡方面に向かう電車です。

本当は、上の方から三角形を俯瞰して撮りたかったのですが・・・
上の国土交通省の航空写真で代替します。
西鉄北九州線(42)

 幸町 1975(S50).8.3

幸町電停の待合所から大門・小倉方面を見ています。
西鉄北九州線(43) Nさん撮影

 幸町 1977(S52).7.31

枝光・中央町・八幡方面から電車が到着します。大門・小倉方面へ向かうお客さんが待っています。

到着するのは300形301号で、西鉄福岡市内線から転入してきた電車です。
 →Wikipedia西鉄300形参照
西鉄北九州線(44) Nさん撮影

 幸町 1977(S52).7.31

若戸大橋をバックに、戸畑方面から66形68号が、幸町に到着します。行先幕が門司行きになっていますので、左の方に分岐します。

この66形電車は、西鉄北九州線の前身、九州電気軌道が1929(昭和4)年に製造した電車です。複雑な経緯があるようです。
詳細は→Wikipedia西鉄66形参照
西鉄北九州線(45) Nさん撮影

 幸町 1977(S52).7.31

戸畑方面から到着する600形631号です。
行先幕が、幸町→中央町となっていますので左方向へ分岐します。

上の写真(44)の68号とほとんど同じ車体形状です。
 →Wikipedia西鉄600形参照
西鉄北九州線(46) Nさん撮影

 戸畑 1977(S52).7.31

終点の戸畑駅に停車中の606号です。

国鉄の戸畑駅とは500mほど離れていましたが、若戸渡船の渡場のすぐそばでした。

若松から、北九州市の中心・小倉へ出る最短ルートは、若戸渡船で戸畑に渡り、ここから西鉄戸畑線(&北九州線)に乗換でした。戸畑線の専用軌道区間では60km/hで飛ばしたということですから、時間的にも早かったです。

私も、1975(昭和50)年に若松を訪問したときは、小倉で新幹線を降り、西鉄北九州線でこの戸畑まで来て、渡船に乗りました。→若松市電
西鉄北九州線(47) Nさん撮影

 戸畑 1977(S52).7.31

戸畑駅を若戸大橋から俯瞰しました。

若戸大橋は1962(昭和37)年に開通しましたが、庶民の足として若戸渡船は残りました。
電車はなくなりましたが、若戸渡船は現在も運航されています。


戸畑線(大門~幸町~戸畑)の最後の写真です。
戸畑線は、幸町から分岐する枝光線と共に、1985(昭和60)年10月20日に廃止されました。(北九州線の門司~砂津も同時廃止)
西鉄北九州線(48) Nさん撮影

牧山~荒手 1977(S52).7.31

戸畑の幸町と、八幡の中央町を結んでいた枝光線です。
この枝光線は、専用軌道区間の多い路線でした。
行先幕を見ると、幸町→門司行きの電車です。
西鉄北九州線(49) Nさん撮影

枝光本町 1977(S52).7.31

枝光本町には、八幡製鉄所の東側の出入口(跨線橋2本)がありました。
黒いビルの右側に、八幡製鉄所本館があり、西鉄枝光線・道路・国鉄線を跨いで、写真左側に製鉄所がありました。

「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省」より。左写真は、赤矢印の方から撮りました。青線が西鉄枝光線です。
西鉄北九州線(50) Nさん撮影

枝光本町~山王 1977(S52).7.31

国鉄線に沿って、枝光線の専用軌道を走る300形302号です。
八幡製鉄所の敷地を迂回する形で国鉄線(電車右上)が通り、その外側を西鉄枝光線が通っていました。
製鉄所の統合により、この写真の右に広がる製鉄所の敷地は遊休地となり、1990(平成2)年に「スペースワールド」に生まれ変わりました。

西鉄枝光線は、1985(昭和60)年に廃止となり、国鉄線(→JR線)も、この区間は1999(平成11)年に短絡線に切り換えられ、廃止となりました。
西鉄北九州線(51) Nさん撮影

枝光本町~山王 1977(S52).7.31

上の写真(50)のすぐ近くで、花を入れて撮りました。
西鉄北九州線(52) Nさん撮影

 山王 1977(S52).7.31

左に国鉄線、右に道路があり、そこに挟まれたところに山王電停がありました。
西鉄北九州線(53) Nさん撮影

下到津 1977(S52).7.31

魚町から本線(到津経由)で中央町に向かう途中に、運転台横の窓から撮りました。
遥か前方には、帆柱ケーブルで登れる皿倉山が見えます。

どこで撮ったかNさんも記憶が無かったのですが、信号機横に「下到津」と書いてありました・・・
西鉄北九州線(54) Nさん撮影

上本町~中央町 1977(S52).7.31

中央町に向け、カーブした坂道を下る電車から撮りました。連接車が坂を上ってきます。
 2014(H26).2.14up
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参考図書: 「世界の鉄道'73」 朝日新聞社 1972(昭和47)年10月発行
        「日本鉄道旅行地図帳12号・九州沖縄」 新潮社 2009(平成21)年4月発行