若松市電  1/3   若松の繁華街~工場地帯の軌道を走っていた貨物列車の記録です。    若松市電2/3へ    若松市電3/3へ

若松市電の路線図  若松市営軌道は1936(S11)年に開業し、1963(S38)年に合併で北九州市営となり、1975(S50)年に廃止となりました。

繁華街の道路上を走る軌道でしたが、路面電車は走らず、電気機関車が引っ張る貨物列車だけが走っていました。

私が訪問したのは1975(昭和50)年8月ですから、廃止の少し前ということになります。

左の地図は、北九州詳細図(株)昭文社S57.9発行の一部です。
既に若松市電は廃止になっていましたが、私が所有する若松の地図はこれしかないため、青線で線路を記入しました。

浜町車庫付近の線路配置は、写真と記憶を頼りに書き入れてみました。
中川通7丁目から北湊方面と、連歌浜・安瀬方面は行っていませんのでどうなっていたか不明です。
赤丸はチョットわかりにくい?撮影地でA~Eの記号が振ってあります。写真の解説で出てきます。

昭和47年度私鉄要覧」(運輸省鉄道監督局監修)には、軌道(路面電車等)として「北九州市(企画局)」が掲載されています。

本線:若松駅構内~北湊 1.3km
浜十二番町支線:
  中川通7丁目~浜町  0.5km
埠頭支線           0.1km
連歌浜支線:
  中川通7丁目~連歌浜 0.8km
  連歌浜~安瀬      1.3km
              計4.0km

摘要欄には、事業管理委託:日本通運株式会社S43.9.6認可、(貨物運輸)と記入されています。

  若松市電 ①

若松駅付近 1975(S50)年8月2日

若松駅(写真右奥)から貨物列車がやってきました。この場所から道路上を走ります。
(上の地図では、一番下の部分です)
道路を走る貨物列車は、当時はもうここだけになっていました。

この道路のすぐ向こうは海(洞海湾)で、大きな船が見えます。その向こうは対岸の戸畑です。

この日の朝、名古屋から「ひかり」に乗り、小倉から西鉄北九州市内線で戸畑へ、戸畑から若戸渡船に乗り、お昼頃に若松へ着いたと思います。

女子従業員が歩いていますので昼休みの風景のようです。
  若松市電 ②

若松駅付近 1975(S50) .8.2

上の①の列車が近づいてきました。
 
③ 中川通り商店街 1975(S50) 年8月2日
  若松の繁華街を貨物列車が通ります
  上の②から反対方向を見た景色です
④ 中川通り商店街 1975(S50) 年8月2日
  映画館やパチンコ店が並ぶ目抜き通りを走ります。
  若松市電 ⑤

浜町車庫 1975(S50) .8.2

上の貨物列車を追いかけて線路をたどっていくと分岐があり、右の方に行くと車庫がありました

車庫の中に2両と、車庫の外に1両の電気機関車がいました。

  若松市電 ⑥

浜町車庫 1975(S50) .8.2

車庫の横に止まっていた電気機関車です。
左側の建物が車庫のようです。

先ほどの写真(①~②)の機関車ですね。

上の地図のDの付近です
 
⑦ 浜町車庫 1975(S50) .8.2
  上の⑥の逆方向です。 
⑧ 浜町車庫 1975(S50) .8.2
  暑い日でした。
  車庫でご馳走になった冷たい麦茶で生き返ったような気がしました。 
  若松市電 ⑨

市電浜町 1975(S50) .8.2

浜町の付近に停まっていた貨車です。
貨車車票(貨車の側面に、行先・積荷等が記入され差し込まれた紙片)を見ると、新潟県の中条を7月30日に出発し、いろんな機関車に牽引され、関門トンネルを通りやってきた貨車であることが分かります。
行先が「市電浜町」となっています。着駅コードが9302です。
 
  若松市電 ⑩

市電浜町 1975(S50) .8.2

上の写真⑨の貨車から白土の袋を降ろしています。 

上の地図のAの付近です
 Topページへ戻る  次のページへ