津島軽便堂写真館

追悼 白井 昭さん

鉄道趣味界のレジェンド白井昭さんが2005(令和7)年2月26日に永眠されました。1927(昭和2)年生まれの満97歳でした。
白井さんは1948(昭和23)年に名古屋鉄道へ入社し、車両技術部門の第一人者として活躍され、1961(昭和36)年に登場した日本初の前面展望車「パノラマカー」の企画・製作に携われ、東京モノレール開業時の車両設計も担当しました。1969(昭和44)年に大井川鉄道へ出向し蒸気機関車の動態保存を始め、井川線では長島ダム建設に伴う線路の付け替えに際しアプト式鉄道を導入しました。大井川鉄道で副社長を務められ、会社の籍を離れた後も90歳まで大井川沿線の金谷に在住し、郷土史の研究や地元の相談役として活躍しました。
少年時代からの鉄道ファンで1953(昭和28)年の「鉄道友の会」発足と同時に入会し若い人たちを指導しました。鉄道資料の保存を目的に2005(平成17)年に設立された「NPO法人名古屋レール・アーカイブス」(略称NRA)の初代理事長を務められました。
白井昭さんの業績は→白井昭 電子博物館(白井昭さんの後輩・橋本英樹さん制作)をご覧ください。その中に白井昭さんの略歴も掲載。
まずは、白井昭さんが一番愛したパノラマカーの写真から。10両編成のパノラマカー 伊奈~国府 1961(S36).9.7 撮影:白井 昭
外務省の海外宣伝映画「日本の四季」用に、登場して間もないパノラマカー(6両編成)を伊奈駅で10両編成に組み替え、伊奈~国府を走行しました。10両編成で走ったのはこのときだけ。手前の道路は国道1号線。
パノラマカー7000系

 伊奈 1961(S36).5

パノラマカーの営業運転開始前に、試運転・試乗会が開催されました。
開発者の白井さんは試運転に何度も立ち会いました。

パノラマカーは1961(昭和36)年6月1日に華々しくデビューし、以後48年間名鉄の看板電車として活躍しました。

『鉄道技術者 白井昭』髙瀨文人著 2012(H24)年1月 平凡社発行

この本を読めば、白井昭さんの全てが分かります。
著者の髙瀨文人さんは、1967(昭和42)年生まれで、年齢差40年ですが、白井昭さんから一番信頼されていました。
東京在住ですが、年に数回は知多・巽ヶ丘の白井邸を訪問され、白井さんからいろんな話を聞かれていました。時には白井さんの要望で知多半島の史跡めぐりの運転手もされました。



 ↓本の帯の裏側
名鉄車両OB会  名鉄ニューグランドホテル 2017(H29).4.16

私(田中義人)と白井昭さん(89歳)のツーショットです。
私は名鉄の車両部門の23年後輩ですが、入社した1974(昭和49)年には、白井さんは既に大井川鉄道へ出向されたあとで、直接お会いしたことはありませんでした(白井さんは有名人だったので名前は知っていましたが)。

名鉄の車両部門のOB会(一部の現役社員も参加、年1回開催)に、白井昭さんは毎年参加され、私も2000(平成12)年頃から参加し、その頃からお付き合いが始まり、徐々に親交を深めていきました。
なお、2020年からコロナ禍で車両OB会は3年間中止になり、それ以降、白井さんは家族から参加を控えるように言われ欠席でした。
白井邸1 2020(R2).9.23

92歳の白井さんです。この写真の翌日が誕生日で93歳です。

2020(令和2)年9月に白井さんから「写真の管理を任せたいので見に来てほしい」と電話があり、白井邸を訪問しました。
この背景には、白井さんがお年を召され、一番信頼する髙瀨さんからのアドバイスもあり、写真の管理を任せる人を、名鉄の車両の後輩である私(田中)なら信用できると託されたのだと思います。

白井さんは、自宅の隣が空き家になったので、そこを買い取り別宅とし、1軒まるごと白井鉄道資料館として使われ、鉄道資料が大量に保管されていました。
白井邸2・3 2020(R2).9.23  入口に近い部屋です。
この奥が右の写真4です。この左奥の部屋にも資料ギッシリでしたが写真を撮っていません。
白井邸4 2020(R2).9.23 奥の部屋です(上の写真1の奥)。
個人でこれだけの資料を保管されていたのは、すごいの一言です!
白井邸5 2020(R2).9.23
この木箱の中に、1955~75(昭和30~50)年の白黒ネガフィルムがギッシリ格納されていました。大部分が35mmフィルム(36枚撮り)で、ハーフサイズ、6×6版、セミ版も少し混じっていました。
ネガケースで約1,400本格納されていて、約5万枚のコマ数でした。
一部カビの生えたネガはありましたが、ビネガーシンドロームにはなっておらず良好な状態でした。
この日から、白井さんのネガを自宅のスキャナで毎日毎日デジタル化する作業を開始。毎月1回は白井邸を訪問しネガを返却、白井さんの昔話を聞き、次のネガを借用することを2年近く繰り返し5万枚のデジタル化が完了しました。
当時、白井さんからは、毎週のように手紙が送られてきました。

表紙の写真4点(デキ300・400・500・600形)は全て白井さんの写真です。
『名古屋鉄道の貨物輸送』 フォト・パブリッシング2021(R3)年8月発行
この本は2020年4月から出版準備を開始、写真・資料集めに奔走しました。
同年9月に白井昭さんの上記木箱の中に埋もれていたネガに巡り会い、その中に名鉄の貨物輸送全盛期の貴重な写真が数多くあり歓喜しました。それを優先してデジタル化して使用し、充実した内容に仕上げることが出来たと感謝しています。515点の写真や資料を掲載していますが、そのうち307点(全体の6割)は白井昭さんの貴重な写真です。
『名古屋鉄道の貨物輸送』補遺

名鉄の社有貨車ワム6000形は1962(昭和37)年に、ハワイアンブルーの塗色で登場し話題となりました。
『名古屋鉄道の貨物輸送』の出版時に、そのカラー写真を載せたかったのですが、白黒写真しか見つかりませんでした。

その後、白井邸の資料整理をしているときに貴重なカラーポジフィルムを発見したので、ここに掲載します。

ワム6000形新製時の試運転です。1962(昭和37)年8月 撮影:白井昭
左の写真は岡崎公園前~矢作橋
上の写真は矢作橋停車中
白井邸の前 2021(R3).10.5

NPO法人名古屋レール・アーカイブス(NRA)のメンバーと記念撮影

白井さんから、鉄道資料の一部をNRA事務所へ運び出してほしいと依頼があり、NRAメンバーが集まりました。(平日だったので仕事をリタイヤしたメンバーだけですが)
『名鉄岐阜線の記憶』中日新聞社
 2022(令和4)年11月発行

白井昭さんの昭和30年代のネガをデジタル化しながら、これまで見たことのない素晴らしい写真が数多く感動していました。
2021年秋に「ぜひ白井昭写真集を出しましょう」と提案したところ「94歳の私が元気なうちに出してほしい」と頼まれました。
しかし写真が大量(約5万枚)にあるので、どのようにまとめたら良いか悩みましたが、岐阜の電車がまとめやすく、自分も岐阜地区には馴染みがあり解説文も書けそうなので「名鉄岐阜線」でまとめることにしました。
名鉄岐阜線の写真だけでも2,300枚以上あり180頁程度の写真集にするため350枚程度に絞り込みました。
どこで出版してもらうかという話になり、中日新聞社が2020年7月に出版した『よみがえる記憶 北陸の鉄路』は新聞によく広告が掲載され、白井さんも私も強く印象に残っていました。まずは中日新聞社へ出版企画書を提出し、却下されたら他の出版社を探そうと意見が一致しました。2022年4月、知人の中日新聞社勤務の松波良城さん(鉄道ファン)にメールで出版部の人の紹介をお願いしました。
早速、4月22日に松波さんに同席してもらい企画書を持参し出版部長と面談しました。出版部は人手不足で余力がなく、鉄道本は売れるかどうか分からない、計画にないものを年内に出版するのは…と、最初は乗り気ではありませんでした。それでも粘って松波さんと私で必死に売り込んだ結果、「6月初めまでに原稿をまとめれば、それを見て検討しましょう。」と話が前進しました。それから脇目も振らず原稿を作成し、白井さんと打合せ、原稿・写真・図を中日新聞社へ送り、6月10日に出版部長、デザイナー(北陸の鉄路を担当)と打合せをしました。その結果「秋頃の出版を目指して頑張りましょう」となり、白井さんと喜びを分かち合いました。
中日新聞社から出版したおかげで、中日新聞が宣伝に力を入れ、発売1週間前に白井邸で中日記者の取材を受け、発売日の2022.11.22の中日新聞夕刊に紹介記事が掲載されました↓  白井さんとの約束(写真集の出版)を果たすことが出来てホッとしました。

『名鉄岐阜線の記憶』出版祝賀会

金山の居酒屋 2023(R5).1.7

出版に協力してもらった中日新聞の松波良城さんの声掛けで、名鉄OBの鉄道ファンを中心に9名が集まり、『名鉄岐阜線の記憶』出版祝賀会を金山の居酒屋「嘉文」で開催しました。

名鉄OBの鉄道ファン4巨頭が集まりました。左から柚原誠さん、藤野政明さん、白井昭さん、清水武さんです。
白井さんは大変喜ばれ、ビールをたくさん飲まれました。
『名鉄岐阜線の記憶』出版祝賀会

金山の居酒屋 2023(R5).1.7

参加者全員での記念写真です。

この飲み会は、松波さんの声掛けでこの後も年に2回開催されていますが、白井さんが参加されたのはこのときだけで、以後は体調不良で欠席されました。
神宮前μPLAT 2023(R5).1.24

この当時、白井昭さんは毎日巽ヶ丘から電車に乗って神宮前へ出て、昼飯を食べて家へ帰るという日課でした。
神宮前駅西ビルがあった時代は、ビル5階の杵屋(うどん店)の線路に面した席に座り、下を走る名鉄電車を眺めながらの昼飯でした。
2021年にそのビルが閉店・解体されたので、駅東のμプラットの2階の広間で、パンと飲料の昼飯になりました。
(時々、神宮前でもお会いしていました)
このしばらく後に体調を崩され、その後は体力が衰え、神宮前まで出ることが困難になり、自宅付近を散歩される程度になりました。

『白井昭鉄道著作集』が2023(令和5)年3月に完成しました。
この本は、白井昭さんの思い出や、鉄道雑誌&専門書に寄稿された論文、書きためてきた電鉄技術史を、髙瀨文人さんが編集してまとめ上げ、自費出版したものです。
白井昭さんのライフワークと呼べる本で、鉄道技術者・白井昭ならではの専門的な内容です。特に後半は鉄道技術者以外の人には難しい内容です。
表紙の写真は国鉄安城駅と西尾線南安城駅を結んでいた安城支線を走るモ1080形です。安城支線は1961(昭和36)年7月30日に廃止されました。電車の向こう側の一段高い築堤が西尾線です。この写真は廃止直前の風景です(撮影:白井昭)。
  白井邸  2023(R5).3.2
『白井昭鉄道著作集』をまとめ上げた髙瀨文人さんと白井昭さんです。この日、髙瀨さんが完成した本を白井邸へ運び込まれました。
白井邸 2023(R5).3.17

『白井昭鉄道著作集』を出版してまもなく、中日新聞社から取材を受けることになったので立ち会ってほしいと言われて、私も立ち会いました。

白井昭さんは、この本の完成をとても喜んでいました。この表情から嬉しさが伝わってきます。

新聞掲載用に記者が写真を撮ったので、私も一緒に撮りました。
中日新聞知多版2023(R5).3.28

中日新聞の知多版に掲載されました。さすがは新聞記者で、うまくまとめてあると感心しました。

白井さんから新聞に掲載されたと弾んだ声で電話がありましたが、私が住む尾張版には掲載されなかったので、記者に頼んでデータを送ってもらいました。
白井邸 2023(R5).8.20

JRリニア鉄道館の館長・天野満宏様とJR東日本総合研修センター主任教師・赤司 勝様から、「白井昭さんに車両技術史の話を聞きたいので調整してほしい」と頼まれ、白井邸へご案内しました。

お2人は『白井昭鉄道著作集』を持参し、疑問点を質問され、濃い内容の話し合いでした。
現在リニア鉄道館に復元展示された黎明期の国電モハ1形1035号(一時期大井川鉄道に在籍)についても突っ込んだ話し合いが行われました。
太田川駅前 小嶋病院 2024(R6).12.19

入院中の白井昭さんをお見舞いに行ったときの写真です。
白井昭さんは2024年12月に歯医者のイスから降りるときに転んで、肋骨を骨折し、太田川駅前の小嶋病院に入院しました。
白井さんは小嶋病院とは縁があり、『白井昭鉄道著作集』に収録されたエッセイを引用すると、「わが主治医は東海市太田川駅前、小嶋病院の小嶋院長先生で、私が2012年心臓弁膜症で入院した時に助けていただいた。」
今回の入院は約2ヶ月間で、今年(2025年)1月に退院した後しばらくはお元気だったのですが、2月上旬から食欲がなくなり徐々に衰弱し、2月26日に亡くなられました。


白井邸には膨大な鉄道資料が保管されていて、「ワシが死んだらNRAへ寄贈する」と言われていたので、2024年5月からNRA会員数名が毎月1回白井邸を訪問し、資料整理を行っていました。保管スペースに限りがあるので、保存する資料と廃棄する資料の仕分けも行いました。
葬儀式場 2025(R7).3.1

白井昭さんの葬儀は、2025(令和7)年3月1日、地元のセレモニー会館にて家族葬で行われました。
家族葬ですが、白井さんと特に親交が深かった人 約10名(名鉄車両OB・大井川鐵道・NRAなど)も参列しました。
式場の入口には、白井さんが開発したパノラマカーの写真がありました。


↙白井昭さんを偲ぶコーナーです

白井さんの遺影は、昨年の97歳の誕生日のときの写真です。右のパノラマカーの絵は、そのときに曽孫さんから送られたものです。
ブリキ製のパノラマカー玩具は、白井さんの愛蔵品で、いつも手元に置いておられました。

白井さんから、自分の葬式の時はパノラマカーのミュージックホーンを鳴らして送り出してほしいと何度も言われていました。
髙瀨さんも同様なことを言われていたので相談して、白井さんの望みを叶えようという方向で話がまとまりました。
髙瀨さんが家族と式場の了解を取り、音源の準備をしました。
出棺の時、パノラマカーのミュージックホーンで送り出すことが出来て、白井さんも喜ばれたのではないでしょうか。
ご冥福をお祈りいたします。
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参考図書: 「鉄道技術者 白井昭」 髙瀨文人著 平凡社  2012(H24).1月発行
     「白井昭鉄道著作集」 白井 昭著 髙瀨文人編集 2023(R5)年2月28日発行
     「白井昭 電子博物館」 白井昭執筆文献アーカイブス 橋本英樹制作