津島軽便堂写真館

京都市電 1/3    京都駅・七条大橋      京都市電2へ   京都市電3

日本の電車の発祥地は京都でした。
京都電気鉄道が1895(明治28)年に開業した路線を京都市が引き継ぎ、碁盤目の京都市内に路線網を広げましたが、1978(昭和53)年にその歴史に幕を閉じました。

←京都鉄道博物館のすぐ近くに「市電ひろば」があり、京都市電が保存されています。

↓京都市HPに1961(昭和36)年の市電路線図がありましたので、それを取り込み、主な通りと廃止年を色分けして加筆しました。最初に廃止されたN電の線路幅は1067mmで、その他の路線は標準軌の1435mmでした。

そんなに昔の京都市電の写真はありませんが、昭和40年代末~全廃までの京都市電の写真をご覧ください。
京都市電①  Nさん撮影

京都駅前 1975(S50).2.9

まずは、京都駅の写真からご覧ください。

京都駅前電停は、上の路線図のとおり、3方向から市電が発着しました。烏丸通から南下した市電は、右折してこの電停(写真①②)に入りました。この写真右の道路には、向こう(西)側から入るN電の電停があったのですが既に廃止されていました。この背面には、塩小路を東から入る電停(写真③④)があり、当時、京都駅前電停は東西につながって2ヶ所ありました。
この写真の電停は、烏丸通につながる西側の電停で、4、6系統はここから出て、すぐ北の七条烏丸で東西に分かれました。

なお、最盛期の京都市電系統図は、otoohan.comさんの→京都市電営業路線図でご覧になれます
京都市電②  Nさん撮影

京都駅前 1976(S51).2.27

京都駅前に6系統が到着しました。

6系統は京都駅-烏丸通-北大路-東大路-七条通-京都駅の東回り循環系統でしたが、この写真を撮ったときは烏丸通(七条烏丸以北)は既に廃止され、京都駅-七条通-東大路-北大路-烏丸車庫で走っていました。
東山通の清水寺や祇園へ行く観光客でいつも賑わっていました。

3本ある線路の真ん中の線路は、背面の東側電停につながっていました。
この写真を撮った場所から逆方向を見ると、下の③の写真です。
京都市電③  Nさん撮影

京都駅前 1976(S51).2.27

京都駅前の東側電停です。
河原町通りを走ってきた5系統や2系統はこの電停から発着しました。以前は伏見・稲荷方面の電車もここから出ていたのですが、既に廃止されていました。

この写真を撮った場所から振り返ると②の写真になるわけです。系統により乗り場が分かれていたわけですね!
京都市電④

京都駅前 1978(S53).9.23

京都市電全線廃止1週間前の京都駅前です。
上の路線図
青線の、外周線と京都駅へ入る路線だけが残っていました。

この当時、京都駅前の乗り場は、この東側電停1ヶ所になっていました。
6系統の電車も、塩小路経由で七条大橋に向かうようになりました。
京都市電⑤

京都駅前 1978(S53).9.23

「本願寺のローソク立て」と呼ばれた京都タワーをバックに市電が出発しました。
京都市電⑥ 京都駅前 1976(S51).2.27 Nさん撮影

青空にそびえ立つ京都タワーをバックにした2系統です。河原町通を北上、今出川から東進、銀閣寺に向かいます。その先、丸太町通・西大路を通り西大路九条まで走ります。
京都市電⑦ 京都駅前 1976(S51).2.27 Nさん撮影

4系統は、6系統と対称の西回りで、烏丸通・北大路・西大路・七条通を走る系統だったのですが、烏丸通(七条烏丸以北)は廃止されていました。
京都市電⑧

京都駅前 1978(S53).9.23

塩小路から最後のSカーブを曲がり、京都駅前に到着する6系統です。
京都市電⑨

京都駅前 1978(S53).9.23

京都駅を出発してきた6系統の1868号です。東大路(東山通)経由で烏丸車庫に向かいます。
京都市電⑩

京都駅前 1978(S53).9.23

上の写真⑨の電車が通り過ぎたところです。
カーブを曲がって七条通に向かいます。
京都市電⑪

京都駅前 1978(S53).9.23

京都タワーをバックに角を曲がります。
上の写真⑩の逆方向から見ています。
京都市電⑫  1978(S53).9.23

七条河原町~七条大橋

鴨川の七条大橋を渡ります。

左奥の方に京阪特急3000系が見えます。
京都市電⑬ Nさん撮影

七条大橋 1971(S46).8.3

京阪七条駅ホームから見ました。
鳩のマークが誇らしげな1900系特急の前を4枚折り戸の700形京都市電が横切りました。
京都市電⑭

七条大橋 1978(S53).9.23

京阪本線と京都市電の平面交差です。駅員が踏切遮断機の役割をしていました。

京阪本線と京都市電の平面交差は3ヶ所(四条・七条・伏見稲荷)ありましたが、最後まで残ったのはこの七条です。
市電との平面交差があったので、京阪本線は長らく600Vでしたが、市電廃止後の1983(昭和58)年に1500Vへ昇圧しました。
京都市電⑮

七条大橋 1978(S53).9.23

踏切警手?の赤旗に守られて、京阪特急3000系が通ります。
京都市電⑯

七条大橋 1978(S53).9.23

七条の踏切で京阪特急がすれ違いました。
京阪本線の西側(鴨川の橋の上)から撮っています。
京都市電⑰

七条大橋 1978(S53).9.23

京阪本線との平面交差を通り過ぎる京都市電です。
架線のデッドセクションの配線がなかなか面白いです。
京都市電⑱ Nさん撮影

七条大橋 1978(S53).9.23

京阪本線の東側です。
京阪特急の手前に見える電停が、七条大橋電停です。
京都市電⑲ Nさん撮影

三十三間堂前 1978(S53).9.23

上の写真⑱と同じ場所から振り向いて撮りました。
写っている電停は、博物館三十三間堂前です。
京都市電⑳ Nさん撮影

七条大橋 1978(S53).9.23

また振り返って京阪本線の踏切を見ました。
特急車と一般車のすれ違いです。




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 2016(H28).12.27up
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参考図書
  「世界の鉄道'73」 朝日新聞社 1972(昭和47)年10月発行