葛生の駒形石灰 1/3   東武鉄道葛生駅(栃木県)近くにあったトロッコ軌道(軌間610mm)

駒形石灰専用軌道の写真が
「Rail Magazine342」 2012.3月号に掲載されました。
トワイラトゾーンSpecial「一度きりの邂逅」というタイトルです。ぜひご覧ください。

これを機に、若干リニューアルし、左の地図を追加しました。
なお、「Rail Magazine342」には、名取編集長が作図された詳細な「路線の概要」も掲載されています。



左の地図は、国土地理院1/25,000
「田沼」S45.3.30発行の一部です。
国土地理院のホームページから旧版地図の謄本交付を知り、葛生駅付近の当時の2万5千分の1の地図を入手しました。その地図で駒形石灰の路線を探しましたが残念ながら記載されていませんでした。
仕方がないので、私が写真から勝手に想像して、地図に駒形石灰の専用軌道を赤線で記入してみました。ほぼあっていると思います。なお青線は東武の貨物側線(山菅1号荷扱所)です。

駒形石灰@ 1975(S50).3.15

1975(昭和50)315日、葛生への訪問目的である762mmの住友セメント専用線の撮影が無事終了し、日も傾きかけていましたが、葛生到着前に電車から見た光景が気になっていました。
葛生到着前に鉄橋を渡りますが、その直前に左へ別れる線があり、そこに貨物ホームとホッパー
設備のような物がありました。なにか怪しげなムードでしたので、とりあえず帰りがけの駄賃に現地確認することにしました。
そこには、想像したことのない光景がありました。
ナローファンの心をグッとつかむ「へろへろ軌道」です。こんなへろへろは、初めてで、そのあと今まで見ていません。
「全国鉱山鉄道」によれば、駒形石灰工業・岩淵鉱山、軌間610mm、約0.6kmです。

線路上に何かいます。近寄ってみたらKATO WORKSでした
運転手が乗り込んで出発するところです。

駒形石灰A 1975(S50).3.15

上の@のところで待ちかまえていたら、逆方向へ動き出しました。推進運転です。
あわてて追い越し、踏切?で撮りました
東武の貨物ホームで積荷を降ろして、工場へ帰るところだったと思われます。


この軌道がいつ頃廃止になったかは定かでありませんが、このしばらくあとに友人が訪問したときには動いていませんでした。従って廃止直前であったと思われます。

駒形石灰B 1975(S50).3.15

推進運転で、民家の軒先を通ります。
この場所は、以前に鉄道雑誌で見たことのある光景でした。場所が伏せて写真が発表されていましたので、ナローファンの私としては非常に気になっていました。その場所が発見できて嬉しかったです。
 
駒形石灰C 1975(S50).3.15

列車は歩くようなスピードで推進運転をしていきましたので、簡単に追いかけることができました。
途中、フィルム交換をしながら追いかけました。
併用軌道部です。20kmの制限速度は自動車用ですね! 機関車はとてもそんなスピードは出せません。
駒形石灰D 1975(S50).3.15

上の写真Cを左に曲がると、この場所です。
すぐ向こうにゴールの工場が見えます。
ゴールの手前で、何か異常事態が発生しました。
貨車が脱線したようです。

まあ、極低速ですから脱線してもどうってことはないですが・・・
 
駒形石灰E 1975(S50).3.15

「軽い車両は脱線しやすい」という鉄道車両の鉄則があります。
空車の貨車は軽い上に、へろへろ線路では、脱線して当然かもしれません。

2両目の貨車が脱線したので、先頭の貨車を切り放し、脱線した車輪の下に石ころを入れ、機関車で引っ張って脱線復旧しました頻繁に脱線していたと思われるので、脱線復旧も手慣れたものでした。
  

駒形石灰F 1975(S50).3.15

脱線復旧が完了し、車輪が線路に乗っていることを確認します。
   
駒形石灰G 1975(S50).3.15

先頭の貨車を連結して、目の前にある工場に向けて推進運転で再出発です


   
駒形石灰H 1975(S50).3.15

やっとの思いで終点の工場に到着しました。

このあと、早速右の事務所へ行き、撮影許可をもらい工場の中へ入っていきました。
   
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参考図書: 「全国鉱山鉄道」 岡本憲之著・JTBキャンブックス・2001.10発行