国鉄 根室線 日本最東端を走る根室線 C58が走っていた頃
日本の最東端を走る根室線です。末端の釧路~根室間は、今は花咲線と呼ばれています。その中でも厚岸~糸魚沢間は厚岸湾と別寒辺牛湿原が広がり、昔から撮影名所でした。糸魚沢駅が廃止されたので、現在は厚岸~茶内間約20kmに駅はありません。 それより更に東の別当賀~落石間の落石海岸も撮影名所でした。Nさんが1972(昭和47)年に訪ねた写真をご覧ください。 |
根室線① Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1971(S46).3.27 霧の中を走るC58牽引の朝の列車です。 客車と貨車を連結していますので混合列車です。 |
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根室線② Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1971(S46).3.27 反対方向から走ってきたC58の貨物列車です。 風光明媚な別寒辺牛(べかんべうし)湿原を走る区間ですが、霧のために景色が見えませんでした。 |
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根室線③ Nさん撮影 厚岸 1971(S46).3.27 厚岸に停車中の釧路行き普通列車です。 客車改造の気動車キハ08をつないでいました。 |
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1972(昭和47)年3月の根室線の時刻表です。 交通公社時刻表1972年3月号をもとに釧路~根室間の列車だけを切り貼りしました。 釧路~根室間には急行3往復と普通列車6往復が走っていました。基本は気動車でしたが、普通の1往復はC58の客車列車(441-444列車)で、写真を見ると貨車もつないだ混合列車だったようです。 驚くのは、根室発函館行きの急行「ニセコ3号」が走っていたことで、根室8:30→函館23:05のロングランでした。 |
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根室線④ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).3.29 厚岸から糸魚沢に向かうC58牽引の混合列車です。別寒辺牛湿原の中を走ります。 後方には厚岸湾が広がっていました。 |
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根室線⑤ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).3.29 混合列車が近づいてきましたが、客車と貨車が煙に隠れてしまいました。 |
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根室線⑥ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).3.29 反対方向からもC58の貨物列車が来ました。 |
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根室線⑦ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.17 上の写真①~③の8ヶ月後の別寒辺牛湿原です。 根室に向かう貨物列車が走り去りました。 |
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根室線⑧ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.17 釧路に向かう貨物列車です。 |
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根室線⑨ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.17 厚岸湾に沿って走る5両編成の急行列車です。 |
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根室線⑩ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.18 厚岸湾に沿って走るC58の客車列車です。後ろに貨車を連結していますので、混合列車ですね。 |
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根室線⑪ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.18 別寒辺牛(べかんべうし)湿原を走り去る貨物列車です。 |
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根室線⑫ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.18 3両編成の急行「ノサップ号」です。 |
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根室線⑬ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.18 釧路に向かう混合列車です。 |
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根室線⑭ Nさん撮影 厚岸~糸魚沢 1972(S47).10.18 秋枯れの湿原を走る普通列車です。 現在の列車は単行運転ですが、この当時は3両連結で走っていました。 |
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根室線⑮ 厚岸~茶内 2023(R5).7.9 上の写真から50年以上経過した、夏の別寒辺牛(べかんべうし)湿原です。 根室から釧路に向かう列車(単行)の一番後ろから撮りました。 |
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根室線⑯ Nさん撮影 茶内 1972(S47).3.30 国鉄茶内駅前には、浜中町営軌道がありました。 →浜中町営軌道をご覧ください 左端の貨車が留置してあるところが茶内駅です。 |
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根室線⑰ 茶内 2023(R5).7.9 浜中町営軌道が廃止になってから51年経過した茶内駅です。 釧路~根室間の列車は、この茶内駅で交換します。 釧路発5:35の根室行き、キハ54形の「快速はなさき」に乗車しました。座席の半分くらいが埋まる程度の乗車率でしたが、そのうち半分以上は乗り鉄が目的の人たちでした(私も含む)。 列車交換のため、しばらく停車したので下車して撮りました。 |
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根室線⑱ 茶内 2023(R5).7.9 根室方面から到着する列車です。 霧に霞んでいますが、左端に建物が見えます。 浜中町営軌道があった頃は、雪印乳業の工場で、軌道沿線から牛乳缶を貨車で工場内へ輸送していました。 地図で調べると、現在はタカナシ乳業の工場になっています。 |
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根室線⑲ Nさん撮影 厚床 1972(S47).10.16 厚床を出発し釧路に向かうC58貨物列車です。 厚床は、中標津へ向かう標津線の分岐駅でした。 立派な給水塔がありました。 |
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根室線⑳ 厚床 2023(R5).7.9 上の写真の51年後です。(同じ方向を見ています) 厚床を出発し釧路に向かう列車の最後部から厚床駅を見ました。 昔は標津線の分岐駅で、広い構内だったことが分かります。 |
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根室線(21) Nさん撮影 別当賀 1972(S47).3.29 別当賀に到着するC58の客車列車です。 |
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根室線(22) 別当賀 2023(R5).7.9 上の写真の51年後の別当賀です。 交換設備は撤去され、駅の待合室には貨車が使われていました。 |
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根室線(23) Nさん撮影 別当賀~落石 1972(S47).10.16 撮影名所の落石海岸を、急行「ノサップ号」が駆け抜けます。 |
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根室線(24) Nさん撮影 別当賀~落石 1972(S47).10.16 根室に向かう貨物列車です。 ここまで来れば、根室はもうすぐ。 |
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根室線(25) Nさん撮影 別当賀~落石 1972(S47).10.16 釧路に向かうC58の客車列車です。 絶好の景色ですが、霧が出たら隠れてしまいます。(この辺りは、よく霧が出ます) |
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根室線(26) Nさん撮影 根室 1972(S47).3.29 日本最東端の終着駅・根室です。 この当時は、国鉄を使った荷物・貨物輸送も盛んでした。 |
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根室線(27) 根室 2023(R5).7.9 上の写真から51年後の根室駅です。列車はキハ54の単行に代わりましたが、駅は昔の面影を残しています。 一つ手前の東根室駅が日本最東端の駅のため、日本最東端有人駅の表示がありました↓ |
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根室線(28) 根室 2023(R5).7.9 終端側から見た現在の根室駅です。 国鉄時代の終着駅の面影がまだ残っていました。 ↓駅の出札口・改札口 |
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浜中町営軌道へ 釧網線へ | 2023(R5).9.21up |
参考図書:国鉄監修 時刻表1972(昭和47)年3月号 日本交通公社発行