舞鶴線のD51 中舞鶴支線
![]() 舞鶴線 東舞鶴~綾部と中舞鶴線の地図です。国土地理院1/20万「宮津」S43.11発行。下部1/4は「京都及大阪」S43.3発行より。 舞鶴線を青線で、撮影最寄駅を青字で追記しました。 |
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| 舞鶴線① 東舞鶴 1971(S46).3.31 東舞鶴で出発を待つD51 944牽引・舞鶴線の貨物列車です。 東舞鶴は舞鶴線・小浜線の終点で広い構内でした。中舞鶴へ行く支線も一旦西舞鶴方へ進みスイッチバックで出ていました。 |
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舞鶴線② 舞鶴線 梅迫? 1971(S46).3.31 上の写真①を撮った後、東舞鶴から綾部行きに乗車し、舞鶴線の列車の窓から撮りました。 |
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舞鶴線③ 綾部 1971(S46).3.31 山陰線と舞鶴線の分岐駅・綾部です。 小浜から乗ってきた956Dは綾部12:42着です。綾部で降りてしばらく待っていたら、先ほど東舞鶴で見たD51 944牽引の舞鶴線貨物列車が到着しました。 |
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舞鶴線④ 中舞鶴 1971(S46).4.2 舞鶴支線(通称:中舞鶴線)の終点・中舞鶴です。 東舞鶴~中舞鶴3.4kmの路線でしたが、1972(S47).11.1に廃止されました。 軍港への引込線として建設され、昔は広い構内があり、海軍工廠などへの引込線も出ていて貨物輸送が盛んで、戦時中は大勢の乗降客があったそうです。 側線は全て撤去され線路1本だけの駅舎のない終着駅になっていました。 |
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舞鶴線⑤ 中舞鶴 1971(S46).4.2 中舞鶴駅を終端側から見ました。 廃止1年半前の中舞鶴線は、1日5往復の列車で、朝3往復、夕方2往復の乗り潰し難易度の高い路線でした。午後の一番列車は、中舞鶴へ17:00に到着、22分で折り返し、東舞鶴で小浜線から来た列車に連結して福知山18:40着でした。 中舞鶴の歴史については →中舞鶴の歴史をご覧ください。 |
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舞鶴線⑥ 東舞鶴~西舞鶴 1971(S46).4.3 白鳥峠越えの重連貨物列車です。 前夜、若狭高浜のユースホステルに同宿した人から、西舞鶴~東舞鶴間には峠があり、貨物列車に補機が付き重連になると聞いて東舞鶴からバスに乗り、峠付近で降りて待ちました。 前補機C58 250、本務機D51 463の重連貨物でした。 この1本撮り、東舞鶴に向かいました。 |
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舞鶴線⑦ 真倉 1971(S46).4.3 当時としては短編成の急行です。 時刻表で調べると「丹後4号」京都行きと思われます。 通過駅ですが、交換待ちで停車しました。 「丹後4号」は城崎始発(9:00)で豊岡までは「丹波3号」(城崎→福知山線経由大阪行き)に併結、宮津線、舞鶴線経由で、綾部で城崎発9:40の山陰線急行「丹後4号」と併結し京都着12:45です。 |
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| 舞鶴線⑧ 真倉~梅迫 1971(S46).4.3 真倉から約2km歩いて、第二真倉隧道の出口で貨物列車を待ちました。煙が良い具合に出ていました。 |
舞鶴線⑨ 真倉~梅迫 1971(S46).4.3 舞鶴に向かう貨物列車は下り勾配なので煙は出ていません。 |
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舞鶴線⑩ 真倉 1971(S46).4.3 真倉へ到着するC58 222牽引の客車列車です。 時刻表で調べると938列車で、敦賀始発、小浜線、舞鶴線を経由し福知山 行きで、真倉14:35です。 小浜線、舞鶴線での撮影を終え、この列車に乗り、山陰線の亀岡に向かい、翌日、保津峡で撮りました。 |
| →小浜線へ →山陰線保津峡へ →宮津線へ(西舞鶴から分岐) |
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2025(R7).9.16up |
| 参考図書:国鉄監修 時刻表1970(S45)年10月号 日本交通公社発行 | |