長崎の高島炭鉱 1   九州・長崎沖の高島炭鉱で活躍したトロッコ軌道(軌間610mm)

高島の5万分の1地図  高島炭鉱

長崎の沖合 十数キロのところに高島があります。
ここに高島炭鉱があり、トロッコが走っているということを友人から聞きました。1975(昭和50)年のことです。

「全国鉱山鉄道」JTBキャンパスブックによれば、
三菱石炭鉱業所・高島礦業所は、軌間
610mm距離不明です。
閉山
は昭和61(1986)11月となっています。

1975(昭和50)年8月、九州北均一周遊券を使って北九州旅行をした折に長崎から船に乗って高島へ渡りました。
この旅行の最大の目的は高島炭鉱の鉱山鉄道を見ることでした。

あこがれの高島に足を踏み入れたのは、1975年8月7日でした。

前日、島原ユースホステルに宿泊しましたので、そこからからスタートです。ユースを7:30頃に出発したとすれば、諫早乗り換えで長崎に10時頃到着します。
(当時の時刻表を見ると島原外港の始発が7:30です)
記録がとってありませんので、断片的な記憶を頼りに綴っていきます。

長崎は雨でした。
雨の長崎から船に乗って、「高島炭鉱」を目指しますが、当時の時刻表で長崎→高島の船便を見ますと、長崎発10時以降では、11:0013:0015:00・・・ 所要55分 200円となっています。

たぶん11:00の船に乗っていったと思います。
その日の夕方には長崎へ戻っていますので、高島滞在は3時間ほどだったでしょうか? その間に撮りまくった写真をご覧ください。


左の地図は、国土地理院発行5万分の1「野母崎」昭和47年編集の一部です。
島の南1/3くらいが炭鉱ですね。
地図にはトロッコの線路が記入されていません!

船は、青い矢印の方から港へ入りました。


高島炭鉱の詳細は、「想像と記憶(端島・軍艦島)」のHPの高島炭鉱をご覧ください。
  高島炭鉱@ 1975(S50).8.7

高島のほぼ全景です。右の方が少し欠けていますが・・・
上の地図の青い矢印方向から撮りました。

この写真は帰りの船から撮りました。(往きは雨が降っていましたので)

一番左にポコンと出ているのは、中ノ島です。
高島の南の部分に炭鉱がありました。(写真では左部分)

 
  高島炭鉱A 1975.8.7

船から撮った、高島炭鉱の中心部です。
右に竪坑櫓、左に煙突が写っています。
立派な竪坑櫓だったですね。
  高島炭鉱B 1975.8.7

高島港で下船し、炭鉱を目指して歩きました。船着き場からそれほど遠くないところに炭鉱はありました。
トロッコの線路はすぐ見つかりました。雨のため、線路のまわりはどろんこでした。

写真は、高島の炭鉱付近から撮った景色です。
海を隔て、左に中ノ島。そして右には、子どもの頃社会で習った軍艦島(端島)も見えました当時は既に閉山となっており、無人島だったはずです。
手前には廃車になった鉱車がたくさん放置してありました。

 

  高島炭鉱C 1975.8.7

高島炭鉱の構内へ入り、早速撮影許可をもらい、写真を撮りまくりました。

雨はやみましたが、それまでに相当降ったようです。泥んこ、ぬかるみ、水たまりで、何処を歩いて良いのか悩むところです。

そんな中をKATOWORKSが元気に動いていましたので感激しました。
これは入口付近の情景だと思います。

 
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