津島軽便堂写真館

下津井電鉄 1/2    美しい瀬戸内海を見ながら走っていた軽便鉄道です。    下電2へ

下津井電鉄の地図 下津井電鉄は、軽便鉄道(≒軌間762mmの地方鉄道)としては比較的遅くまで残り、1990(平成2)年の年末限りで廃止となりました。
下津井電鉄の廃止後に残ったナローの営業路線は、近鉄の内部・八王子線と北勢線、それに黒部峡谷鉄道だけになってしまいました。
北勢線は一旦廃止の危機に陥り、三岐鉄道経営を移管され、同社の北勢線として頑張っていますが、地元の支援が頼りです。内部・八王子線も近鉄から軌道をバス専用道に転換する提案も出て、ピンチになっているようですが・・・

私がローカル私鉄やナローの魅力に目覚めた頃の1972(昭和47)年3月末に、下津井電鉄の茶屋町〜児島が廃止になり、残った児島〜下津井は陸の孤島になりました。国鉄との接続が絶たれ行きづらかったことと、残存区間がしばらく残ると勝手に思い込んだせいで、ズルズルと訪問が遅れてしまいました。
私が最初に下津井電鉄を訪問したのは1978(昭和53)年です。

下津井電鉄
  茶屋町〜下津井 21.0km 軌間762mm 直流600V電化
   茶屋町〜児島 14.5kmは1972(昭和47)年に廃止
   児島〜下津井 6.5kmも1990(平成2)年末限りで廃止→全廃

なお、下津井電鉄の素晴らしい写真は地方私鉄1960年代の回想をご覧ください。
左の地図は、国土地理院1/20万「岡山及丸亀」S49.10.30発行より
下津井電鉄・茶屋町〜児島は昭和47年に廃止になっていましたので、この地図には記載されていません。そのため廃線跡を赤線で記入しました。
残存区間の児島〜下津井を青でなぞり、撮影最寄り駅に○印を付け、駅名を記入しました。
↑下津井電鉄@ 児島 1990(H2).8.11

下津井電鉄が走っている時代、私が最後に訪問したときの写真です。
この年の12月31日限りで廃止になりました。
1988(昭和63)年の瀬戸大橋開通を機に観光鉄道へと転身を図り、児島の駅も立派?になったのですが、それから3年も持たず廃止となりました。「SHIMOTSUI☆COAST☆LINE」の看板は涙なくして見られません。

下津井電鉄A  Nさん撮影

琴海〜鷲羽山 1971(S46).12.28

琴海を出発し、鷲羽山に向け海沿いの難所を登る3両編成です。
中央に見えるのが児島競艇場です。
その遥か向こうの町並が児島です。

Nさんは、私より前に下津井電鉄を訪問していました。
1971(昭和46)年の年末でした。41年前です。ToさんKoさんと一緒に3人だったそうです。
その頃はまだ茶屋町〜児島の路線もありましたが、その区間では写真を撮らず、海沿いの琴海〜鷲羽山〜下津井でしか撮っておりません。
せめて、茶屋町と児島の駅では撮っておくべきだったと悔やんでいます・・・
下津井電鉄B  Nさん撮影

琴海〜鷲羽山 1971(S46).12.28

瀬戸内海の青い海を見下ろす下津井電鉄随一の景勝地を、下電のエース:クハ24-モハ103が走ります。
撮影場所は、鷲羽山駅から展望台へ行く途中のところです。


この電車(モハ103-クハ24)は、下津井電鉄晩年の代表車両で、創立100周年記念グッズとして、同社から1/150の模型(鉄コレ)が販売されました。→こちら
私も通販で購入し、部屋に飾ってあります。
下津井電鉄C 琴海〜鷲羽山 1971(S46).12.28 Nさん撮影

豪華?3両編成が走ってきました。
クハ22-サハ2-モハ102の編成です。
下津井電鉄D 東下津井〜下津井 1971(S46).12.28 Nさん撮影

下津井を出た電車は大カーブを曲がり東下津井に向かいます。

下津井電鉄E  Nさん撮影

 下津井 1971(S46).12.28

珍しい荷台付きの電車です。
荷台付きの気動車は、昔たくさんいましたが、電車で荷台付きは非常に珍しい存在でした。
それもそのはず、このモハ65号は気動車を改造した電車です。

この電車について調べると、加藤車輛製作所(KATO WOKSとは違うようです)で1933(昭和8)年に製造されたガソリンカーで、1949(昭和24)年の電化完成後に電車化されてモハ53号となりました。度々事故を起こしたので縁起を担いでモハ65号に改番されたそうです。→こちら

いいですね!荷台付きの電車。
下津井電鉄F  Nさん撮影

 下津井 1971(S46).12.28

下津井の駅に、モハ102編成(右)と103編成(左)が並びました。
手前側はクハで、右がクハ22号、左がクハ24号です。


Nさんは、下津井電鉄の現役時代にこの1回しか訪問していませんので、Nさんの写真はここまでです。

私は4回訪問していますので、これより下に掲示します、順にご覧ください。

 ↑交通公社時刻表 1978(S53)・8月号より 私が訪問した頃の時刻表です。ほぼ1時間おきに電車が走っていました。
下津井電鉄G 児島 1978(S53).5.6

私の最初の下津井電鉄訪問は1978(昭和53)年のゴールデンウィークでした。児島駅は、国鉄から離れ孤島になっていましたのでバスで向かいました。児島駅から少し歩いて、児島に到着する列車を撮りました。
同じ場所で振り返って撮ったのが右のHです。
下津井電鉄H 児島 1978(S53).5.6

児島駅に向かう列車の後追いです。行く手カーブ先の歩道橋の手前が児島駅で、線路1本ホーム1本の停留所に、「これが始発駅?」とガッカリした覚えがあります。昔の児島駅は立派な駅だったようですが、茶屋町〜児島の部分廃止後、ここに移設されたようです。

下津井電鉄I

 下津井 1978(S53).5.6

下津井の駅は立派でした。
乗ってきたモハ103号がホームに停まっています。
上の写真Fと見比べると、正面の塗り分けが違い、V字谷が深くなっています。6年半も経てば変わりますよね!
右の方に停まっているのは、晩年に落書き電車「赤いクレパス」号になったモハ1001号だと思います。
下津井電鉄J 下津井 1978(S53).5.6

 下津井の駅舎です。立派でしたが駅前には水溜まりが・・・
下津井電鉄K 下津井 1978(S53).5.6

 下津井の車庫の奥には荷台付きのクハ5号がいました。この車両は保存されたようです。

下津井電鉄L

 下津井 1978(S53).5.6

車庫です。留置線には3両編成のモハ102号がいました。
この電車も上のCDFと比べると正面塗り分けのV字谷が深くなっています。
下津井電鉄M 下津井 1978(S53).5.6

上のLの3両編成を逆方向から見ました
下津井電鉄N 下津井 1978(S53).5.6

この電車はパンタが外されたモハ110号と思われます。
下津井電鉄O 下津井 1978(S53).5.6

出発を待つモハ103号編成です。この電車に乗り鷲羽山に向かいました。
下津井電鉄P 鷲羽山 1978(S53).5.6

鷲羽山で降りた電車の後ろ姿です。切り通しを抜け琴海に向かいます。
津島軽便堂Topページへ戻る  次の頁(下津井電鉄2)へ  2012(H24).12.24up

参考図書: 「新・消えた轍9中国-ローカル私鉄廃線跡探訪-」寺田裕一著 ネコ・パブリッシング2010.8.31発行