津島軽便堂写真館

札幌市電2/2      札幌市営交通50周年     札幌市電1

札幌市電(23)

すすきの 1977(S52).8.3

すすきの電停に到着した、市営交通50周年の装飾電車です。

札幌は、1918(大正7)年に馬車軌道を電化し、電車が走り始めました。最初に走ったのは名古屋電気鉄道から譲渡された電車で、名電1号形と呼ばれる電車でした。
その当時は、札幌電気軌道が経営していましたが、1927(昭和2)年に市営化されました。
それから50年後の1977(昭和52)に、市営交通50周年を迎えました。

私が最初に北海道旅行をしたのは、1977(昭和52)年の夏でした。
37年前ですが、当時の札幌市電は現在と同じ[西4丁目-教大-すすきの]の路線しか残っていませんでした。
札幌市電(24)

すすきの 1977(S52).8.3

上の写真(23)の逆方向から見た、すすきの電停です。
後方が、すすきの交差点ですが、交差点のシンボル「ニッカウヰスキー」の看板は、この写真右側で、それを写し込んでいないのはダメですね・・・
札幌市電(25)

教育大学前付近 1977(S52).8.3

50周年装飾電車をカラーで撮りました。

すすきのから教育大学前まで、たぶんこの電車に乗り、それが西4丁目で折り返してくるのを撮ったと思います。(その間に下の写真を撮っていました)

なお、教育大学前電停は、教育大学が移転してしまったため、現在は中央図書館前に変わりました。
 
札幌市電↖(26)、↑(27) 教育大学前付近 1977(S52).8.3

ここは、西4丁目~すすきののほぼ中間点で、車庫もあったので入出庫の電車も多く、賑わっていました。
正面突き当たりの右奥が車庫です。
↑ちょうど藻岩山へ上がるロープウェイが通りました。
札幌市電←(28)、↓(29) 教育大学前付近 1977(S52).8.3

カラーでも撮りました。
←702号は、路面ディーゼルカーを電車化したという異色の経歴の電車です。屋根上の通風機がチョット変わっています。

(26~29)の写真を見ると、Zパンタの位置が統一されていないですね。
札幌市電(30)

電車車両センター  1977(S52).8.3

上の写真(25~29)を撮ってから、近くにある車庫へ行きました。
札幌市電の花形スターA830形が、市営交通50周年の装飾を付けていました。
この電車の走っている姿を見たかったのですが、かないませんでした。
ネットで調べると、この年に休車になっています。

大きな側窓は固定窓で、上の小窓だけが内側に開きました。非冷房車のため、名鉄美濃町線へ譲渡された3本(モ870形)は大きな側窓を開閉式に改造しました。最初は半分の窓だけ改造しましたが、岐阜の暑さに耐えられず、翌年全部の窓を開閉式に追加改造。1996(平成8)年に特別整備・冷房化改造により大型側窓の小型化と小窓の撤去が行われ、全く異なる側面になりました。
このA831-832号は、原形を保ったまま
1984(昭和59)年に札幌で廃車・解体されました。
札幌市電(31)

電車車両センター  1977(S52).8.3

車庫には、除雪用のササラ電車もいました。
竹製のブラシを回転させて、路面の雪をはね飛ばします。竹は安くて、弾力がありしなうので、最適な材料のようです。
札幌市電(32)

電車車両センター  1977(S52).8.3

上の写真(31)を撮った場所から左を見ると、こんな感じでした。
札幌市電(33)

電車車両センター  1977(S52).8.3

花電車も車庫から出る準備をしていました。
下の方を見るとササラが写っていますので、ササラ電車に花電車の飾りを被せてあるようです。

花電車の後ろの黄色い電車がチョット気に掛かります。
札幌市電(34) 1977(S52).8.3

車庫→教育大学前の出庫線

黄色いポール式・二重屋根の2軸車「22号」が出庫しました。
車掌がポールを扱っていますが、まもなく本線と合流し架線が交差するので、一旦少し下げているのでしょうか。
札幌市電(35) 1977(S52).8.3

車庫→教育大学前の出庫線

上の写真(34)の続きです。

向こうに見える歩道橋の辺りが教育大学前電停で、上の(26~28)はその歩道橋の上から撮りました。
札幌市電(36) 1977(S52).8.3

教育大学前~ロープウェー入口

上の写真34・35)の続きです。
教育大学前の渡り線を使って折り返して来ました。
これから西4丁目に向かってイベント走行が始まります。

この写真を撮ったあと、次の電車で追いかけました。
札幌市電(37)

 西4丁目 1977(S52).8.3

西4丁目電停に停車中の22号です。
22号は、しばらくの間この場所に停めて披露されていましたので、撮ることがで来ました。
札幌市電(38)

 西4丁目 1977(S52).8.3

カラーでも撮りました。

この22号は、名鉄の前身である名古屋電気鉄道が開業(1898/明治31年)のとき準備した電車(通称:名電1号形)と同じ形式の電車です。
1918(大正7)年に札幌電気軌道が開業するとき、名電1号形を前面窓付に改造して24両譲り受けました。
1936(昭和11)年に全車廃車となり、そのうち29号の1両が円山公園に保存展示されました。
その後1960(昭和35)年に動態で復元・復籍しました。そのとき22番に改番されました。台車に名電時代の22と書かれた痕跡が見つかったためと言われています。
復元後は各種イベントで走行しましたが、このときの走行が最後となったようです。

札幌市交通資料館で静かに余生を過ごしていたのが、再び脚光を浴びるときが来ました。
2014(平成26)年に、名古屋鉄道が創業120周年を迎え、翌年に明治村開村50周年になるため、その記念事業として「名電1号形 里帰りプロジェクト」が始まりました。
名鉄の要請に札幌市が協力し、6年間貸し出されることになり、平成26年から32年まで明治村で特別展示が行われています。
「名電1号形」特別展示



←札幌市電(39)

 西4丁目 1977(S52).8.3

西4丁目交差点側からも見ました。
札幌市電(40)

 西4丁目 1977(S52).8.3

22号が西4丁目を出発しました。
これが、22号が走る最後の姿です。

この札幌市営交通50周年の走行を最後に、22号はひっそりと静態保存されました。
 札幌市電(41)

 西4丁目 1977(S52).8.3

22号が走り去ったので、最後に1枚撮って西4丁目を引き揚げました。
札幌市電(42)

 明治村 2014(H26).7.5

名鉄創業120周年記念+明治村開村50周年記念で、名電1号形は明治村に展示されました。
札幌から実に96年ぶりの里帰りです。
名古屋を走っていた頃は下の写真のような前面形状と塗色だったはずで、私はその方が好きですが・・・
近場に展示されただけでもありがたいと思っています。
皆様もこの機会にぜひ明治村へ!
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2014(H26).8.22up

参考図書: 「世界の鉄道'73」 朝日新聞社 1972(昭和47)年10月発行
        「日本鉄道旅行地図帳1号・北海道」 新潮社 2008(平成20)年5月発行
       「鉄道ピクトリアルNo.895」2014年10月号→「明治村で展示中の名電1号形電車に寄せて」服部重敬著 鉄道図書刊行会