津島軽便堂写真館

近鉄 養老線 1/2   旧型電車と貨物列車が走っていた頃の養老線   養老線2へ

養老線は、濃尾平野と養老山地の境界線を走る近鉄のローカル線でしたが、2007(平成19)年から養老鉄道に運営移管されました。
1913(大正2)年に(初代)養老鉄道が池野~大垣~養老を開業し、今年でちょうど100周年を迎えた由緒ある鉄道です。
濃尾平野の西の端、いきなり山地になる急斜面に沿って走っているため、天井川のトンネルが多いというのも沿線の特徴です。養老線にはトンネルが4箇所ありますが、全て天井川(跡も含む)トンネルです。(左地図参照)
また、大近鉄のローカル線であったため、近鉄の本線などで活躍した古い電車の最後の活躍場所でもありました。いわば近鉄電車の養老院・・・
四日市方面から、大垣・関ヶ原・北陸方面への短絡ルートであったため、昔は陸のフェリーと呼ばれ、国鉄→養老線→国鉄の貨車が貨物列車で継送されていました(養老線の軌間は昔から国鉄と同じ1067mm)。そのために近鉄名古屋線が標準軌に改軌されたときも1067mmのまま残されたという説もあります。

養老線(駒野~多度)は、我が家から車で30分程度で行ける距離ですが若い頃は鉄道写真の撮影に車を使う習慣がなかったもので、あまり写真を撮っていません。
しかし貨物列車がなくなる昭和末期には、頑張って撮りに出掛けました。旧型電車や貨物列車が走っていた頃の養老線の写真をご覧ください。

左の地図は、国土地理院1/20万 「名古屋」S41.8.30発行(下4/5)、「岐阜」S43.3.28発行(上1/5)
養老線を青でなぞり、撮影最寄り駅にを付け駅名を記入し、天井川トンネルも記入しました。
養老線は、揖斐~大垣~桑名ですが、揖斐~大垣(通称・揖斐線)の写真はありませんので地図も省略
 養老線① 養老駅舎 2013(H25).6.16

立派な養老駅舎です。この駅舎は1919(大正8)年の養老~桑名が延伸された年に出来た由緒ある建物です。孝子伝説の「養老の滝」の最寄り駅で、昔は観光客で賑わったのでしょうが、今は閑散としています。
養老線② Nさん撮影

駒野~美濃津屋 1975(S50).2.23

雪が降った日、Nさんと一緒に車で出掛けました。
セメント輸送(返空)の貨物列車です。
美濃本巣の住友セメント工場から、国鉄樽見線→大垣→養老線東方へセメントが運ばれていました。

桑名駅近くの東方(貨物駅)には住友セメントのサービスステーション(SS)がありました。
養老線③ 駒野 1975(S50).2.23

駒野の木造駅舎です。私の初めての養老線写真です。
養老線④ 駒野~美濃津屋 1975(S50).2.23

駒野駅の少し美濃津屋寄りで撮りました。雪の日に出掛けた割には・・・
養老線⑤

 東方 1982(S57).3.6

東方を通過していく国鉄継送の貨物列車です。
凸型のデ25号です。タンク車1両ではちょっと寂しいです。この頃は既に国鉄貨物輸送の衰退期で、継送貨車が減っていました。
戦時形の電気機関車で、豊川鉄道→国鉄ED30形→伊豆急と同タイプです。

左後方が住友セメントのSSで、セメント列車はここが終点でした。
向こうの養老線を跨ぐ線路は近鉄名古屋線です。右へ少し行くと桑名駅です。桑名からここまで標準軌の線路も延びていて、養老線の電車が定期検査の時は、ここ(写真の右外)で標準軌の台車に履き替えて、塩浜工場まで運ばれていました。
養老線⑥

 桑名 1982(S57).3.12

桑名駅で休憩中の凸型デ61号です。

後ろの方に写っている、キハ82の南紀と黒い貨車が時代を感じさせます。
養老線⑦

美濃山崎~駒野 1982(S57).3.12

美濃山崎を通り過ぎ、駒野に向かって走る貨物列車です。
機関車はデ31形です。

ミカン畑の向こうに貨物列車、その向こうは揖斐川です。
遙か彼方に霞むのは木曽川・長良川の中堤の桜・松並木です。
養老線⑧

西大垣 1982(S57).3.12

西大垣は、養老線の車庫があり大きな駅でした。
6565号が中線に停車中でした。
2扉で狭窓が並ぶ、スタイルのよい電車でした
養老線⑨

西大垣 1982(S57).3.12

旧型車が集まっていた西大垣車庫です。中線にはデ31形33号も姿を現しました。
西大垣構内を南から見た写真です。
養老線⑩

西大垣 1982(S57).3.12

西大垣の中線に到着したデ31形牽引のセメント(返空)貨物列車です。
この日は、桑名から大垣まで養老線に乗り、途中下車しながら⑥~⑫を撮影していますので、上の写真⑦の貨物列車を途中で追い越し、西大垣で再び撮ったものと思われます。
養老線⑪

西大垣 1982(S57).3.12

西大垣で交換する列車です。

左端の6421形6425号は、元近鉄名古屋線の特急専用車両という由緒ある電車でした。一般車に格下げされたときに3扉化されました。
右の6431形6432号も、6421形の少し後に出来た、名古屋線特急専用車両で、6425号と同じ運命をたどり、共に1979(昭和54)年に養老線へ転属してきました。
養老線⑫

 大垣 1982(S57).3.12

大垣駅に停車中の5301形電車です。
元は、関西急行電鉄モハ1形電車という由緒正しき電車です。

現在の近鉄名古屋線は、1938(昭和13)年に、関西急行電鉄が桑名~関急名古屋を開通させて全通しましたが、この電車はそれに備えて製造されました。そのスピードと新造時の塗色から「緑の弾丸」と呼ばれました。
1937(昭和12)年に日本車両で製造されたということで、その少し前に出来た名鉄800形とよく似た感じの電車でした。
詳細は→Wikipediaをご覧ください。

30年前の養老線の写真は→はなぶさに集まる仲間たちもご覧ください。
養老線⑬

美濃山崎~駒野 1982(S57).3.13

上の写真⑥~⑫を撮った翌日の写真です。
この日は、車で貨物列車を撮りに出掛けました。
ここが気に入って、上の⑦と同じ場所で貨物列車を待ちました。デ31形の貨物列車でした。
養老線⑭

美濃山崎~駒野 1982(S57).3.13

美濃山崎~駒野にある天井川のトンネルです。このトンネルの直ぐ向こう側にも小さなトンネルがあります。

トンネルの上に、立派な銘板が取り付けてあります。「扁額」と呼ぶそうです。
何が書いてあるか分からなかったのですが、右から「日就月將」と読めます。
この四文字熟語を辞書で調べると、「日進月歩」と同じ言葉と書いてありました。
天井川のトンネルに、このような格調高い四文字熟語の扁額があるのは、何か建設者の意気込みを感じるようで、感動しますね!
養老線⑮ 美濃山崎~駒野 1983(S58).1.16

上の写真⑭のトンネルの反対側です。
こちら側にも「扁額」があり、別の四文字熟語が書いてあります。その扁額を拡大したのが右の⑯です。
この手前側にも小さな天井川跡のトンネルがあり、そこから撮りました。
養老線⑯ 美濃山崎~駒野 1983(S58).1.16 Nさん撮影

この扁額を右から読むと「文明惠澤」と解釈できます。
Wikipediaで調べると「文明の恩恵」という意味で、明治41年の戊申勅書に、「ミ」と「文明惠澤ヲ共ニセム」という言葉が登場します。  HPを作るため、調べていると勉強になります!
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参考図書:「鉄道ピクトリアル<特集>近畿日本鉄道」No.569 1992.12月臨時増刊号 鉄道図書刊行会発行