越後交通 長岡線 (寺泊〜西長岡〜来迎寺)

越後交通 長岡線@

寺泊 1972(昭和47)年3月22日

越後交通で最初に乗ったのは、大河津から寺泊まででした。
国鉄越後線で大河津まで行き、越後交通に乗り換えました。

終点の寺泊です。貨車が1両止まっていました。
寺泊付近の地図を見ると、長岡線は大河津から寺泊付近まで真っ直ぐ日本海を目指しますが、「寺泊新道」で大きくカーブし日本海沿いを走り、「寺泊海水浴」でスイッチバックし、終点の「寺泊」に到着します。
このとき既に「寺泊新道」〜「寺泊」が廃止になっており、「寺泊新道」駅が「寺泊」駅に改称されていました。

従って、2代目「寺泊」駅です。
越後交通 長岡線A

寺泊 1972.3.22

電車はここで1時間あまり停まっていました。
写真の向こう側が大河津寄りです。

この駅は、海岸段丘の上にあり、ここから先、手前側に廃線跡が海沿いの高台を下り勾配で続いていました。
廃線跡から下を見ると、寺泊の町並みと旧寺泊駅らしきものが見えましたが、残念ながら写真は撮っておりません。

越後交通で想い出に残っているのは、いろんな駅の駅務室に田中角栄元総理の顔写真が飾ってあったことです。越後交通の社長だったのですね。
総理大臣になったのは1972年7月ですから、このすぐあとです。
   
長岡線B 寺泊 1972.3.22
  上の写真の反対側から撮りました   
長岡線C 寺泊 1972.3.22
  寺泊(旧寺泊新道)の先の廃線跡 
 
越後交通 長岡線D

西長岡 1972.3.22

寺泊から西長岡まで28.5kmを乗り通しました。
西長岡に車庫がありましたので電気機関車を撮りました。


このあと事務所へ行って列車ダイヤの写真を撮らせてもらいました。
(下の写真)
乗った列車を赤で記入しました。

 Topへ戻る  栃尾線に戻る