津島軽便堂写真館

山陰線 岡見~鎌手  旧型客車の旅  余部鉄橋

山陰線-01  Nさん撮影

 山陰線 1971(S46).7.23

山陰線の女王・特急「まつかぜ」キハ82系です。
撮影場所不明です。

Nさんの当日の行動メモと写真を見ると、福山→(福塩線)→三次→(国鉄バス)→浜原15:07→(三江北線)→16:43江津→(山陰線)→浜田(泊)となっているので、山陰線江津~浜田間と思われます。
ホームに人が大勢いますので、ダイヤが乱れていたのでしょうか。。
山陰線-02  Nさん撮影

 山陰線 1971(S46).7.24

門デフにJNRマークが入ったD51 706号が交換待ちです。

キハ55系4連の急行が来ました。


撮影場所不明ですが、この次の写真が岡見~鎌手間なので、岡見駅でしょうか?
国土地理院の地図閲覧サービスから、山陰線の岡見~鎌手間の部分をコピーしました。
海に沿った風光明媚な区間で、昔から撮影の名所でした。
ここから下の写真03~15は、国鉄監修時刻表1970(S45)年8月号から、列車番号と時刻を推定しました。
山陰線-03  Nさん撮影

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

山陰の海岸を走るDF50上り客車列車です。822列車 長門市→鳥取で、鎌手8:33発です。

1971(昭和46)年の夏休みに、Nさんと私で九州のSL撮影旅行に出かけました。その途中に山陰線へ寄り道して撮った写真(01~15)です。時々別行動をして、Nさんは浜田に宿泊、朝早く岡見へ行き、13時頃まで岡見~鎌手間で撮影。私は津和野に宿泊し、同じ日の午後から暗くなるまで同じ場所で撮影しました。
山陰線-04  Nさん撮影

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

D51の上り客車列車です。
824列車 下関→福知山で、鎌手10:35発です。
山陰線-05  Nさん撮影

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

D51の上り貨物列車です。
山陰線-06  Nさん撮影

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

DF50下り客車列車です。
827列車 出雲市→下関で、岡見発11:03です。
山陰線-07  Nさん撮影

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

気動車列車です。
254D(益田→浜田)鎌手発12:49です。


Nさんはこの写真を撮った後、岡見13:39発の829列車(京都→下関)で下関に向かいました。
山陰線-08

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

岡見を出発するD51下り貨物列車です。
岡見で下車(14:25頃と推定)してすぐに撮った写真です。
風光明媚な海岸まで歩く時間がなく、駅の近くで撮りました。
山陰線-09

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

上の写真08の貨物列車の後ろ姿です。
↑山陰線-10

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

1001D特急「まつかぜ」(京都→博多)です。時刻表から推定すると16時半頃に通りました。
山陰線-11

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

D51の上り貨物列車です。
山陰線-12

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

D51の下り客車列車です。
831列車(豊岡→門司)で、岡見発17:19です。
山陰線-13

岡見~鎌手 1971(S46).7.24

輝く海をバックに、D51の上り客車列車です。
地図で調べると、第一青浦橋梁です。
828列車(下関→米子)、鎌手発18:04です。
山陰線-14  岡見~鎌手 1971(S46).7.24

輝く海をバックに第一青浦橋梁を走る、下り列車のD51です。
岡見18:27発の833列車(出雲市→長門市)と思われます。
山陰線-15  岡見~鎌手 1971(S46).7.24

ネットで調べると日没が19:15頃なので、18:45頃に通る急行「さんべ2号」(小倉→米子)と思われます。この写真を撮った後、岡見から浜田へ出て、夜行急行「さんべ3号」に乗り九州へ向かいました。
山陰線を旧型客車列車に乗って旅をしようと思い立ち、1986(昭和61)年のお盆休みに出かけました。
記録を取っていないので詳細不明ですが、時刻表1986年3月号をもとに推定してコメントを記載しました。
山陰線-16

 京都 1986(S61).8.16

京都駅の山陰線ホームです。
右端に特急「しなの」が写っているので9:06頃ということが分かりました。

ホームには9:28発特急「あさしお1号」倉吉行きと、9:08発普通列車福知山行きが停車中です。 
山陰線-17

 豊岡 1986(S61).8.16

DD51牽引の12系客車です。
豊岡13:38の臨時急行「但馬54号」と推定しました。
山陰線-18

 豊岡 1986(S61).8.16

ホームの向こう側(4番線)に旧型客車列車が停車中です。
豊岡13:45着、14:15発の544列車 福知山行きです。
ホームのお客は、手前の3番線に到着する米子行き527列車を待っています。
山陰線-19

 豊岡 1986(S61).8.16

豊岡14:06の特急「あさしお6号」京都行きです。
14:09発の米子行き527列車の窓から撮りました。
この列車に乗り、米子まで旧型客車旅を楽しみました。
山陰線-20

 佐津 1986(S61).8.16

佐津で客車列車同士の交換です。
反対列車はDD51重連で、白帯ナシの12系客車でした。
山陰線-21

 柴山 1986(S61).8.16

曲線ホームの柴山に停車中。
山陰線-22

 浜坂 1986(S61).8.16

浜坂で特急「まつかぜ3号」を待避。
山陰線-23

山陰線 1986(S61).8.16

西日を浴びながら客車列車は進む。
山陰線-24

大山口 1986(S61).8.16

大山口18:45。
寝台特急「出雲4号」と交換。


米子19:04着で、5時間近く乗車した客車列車から降りました。
山陰線-25

 浜田 1986(S61).8.17

立派な煉瓦造りの機関庫です。

旧型客車旅を楽しんだ翌日は、米子から下関まで急行「さんべ」に乗りました。
立派な機関庫があったので車窓から撮りました。
山陰線-26

 木与 1986(S61).8.17

海の見える駅で特急「いそかぜ」と交換しました。
山陰線で一番有名な撮影ポイントは余部鉄橋でした。
1981年放送のNHKのTVドラマ「夢千代日記」(主演:吉永小百合)のオープニングで、山陰線の列車がトンネルを抜け、余部鉄橋を渡るシーンが毎回登場しました。(録画画面を写真に撮りました)→


山陰線-27

余部鉄橋 1998(H10).8.2

餘部駅から鉄橋を渡る普通列車を撮りました。
私が余部鉄橋で写真を撮るのは、このときが初めてでした。
家族旅行で「夢千代日記」の舞台となった湯村温泉に泊まり、そのついでに撮りました。
山陰線-28

余部鉄橋 1998(H10).8.2

余部鉄橋を渡る特急列車です。
この鉄橋は2010(H22).8.12に新しいコンクリート橋に架け替えられました。
50年前まで山陰地方と東京・大阪を結ぶメインルートで優等列車が往来しましたが、新しい橋を渡るのはローカル列車がほとんどです。
1972(S47).3.15新幹線岡山開業により、米子・松江・出雲市~東京・大阪は伯備線経由がメインルートになりました。
1994(H6).12.3智頭急行開業により、鳥取~東京・大阪は智頭急行経由がメインルートになりました。
山陰線-29

余部鉄橋 1998(H10).8.2

余部鉄橋を下から見上げました。
当時の普通列車はこのような色の気動車で運行されていました。
山陰線-30

余部鉄橋 2004(H16).6.5

海側から見た余部鉄橋の全景です。

上の写真の6年後に、昔の会社の仲間と湯村温泉へ泊まりに行きました。
山陰線-31

余部鉄橋 2004(H16).6.5

西日を浴びた余部鉄橋です。
この当時の普通列車は、赤い気動車で運行されていました。
山陰線-32

余部鉄橋 2004(H16).6.6

余部鉄橋を渡る客車寝台特急「出雲」です。
この列車は、この2年後に廃止されたので、晩年の姿です。

湯村温泉に泊まり、早起きして朝食前に撮りに出かけました。
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参考図書:国鉄監修 時刻表1970(S45)年8月号 日本交通公社発行
     国鉄監修 時刻表1986(S61)年3月号 日本交通公社発行