関西線(名古屋口)の蒸気機関車 1/5     名古屋機関区など

名古屋機関区 関西線(名古屋口)@

名古屋機関区 1969(昭和44)年

私が鉄道写真を撮り始めたのは、大学1年生になった昭和44年でした。

自宅が愛知県津島市でしたので、名鉄電車は走っていましたが、最寄りの国鉄駅は関西線の弥富でした。
当時は関西線に蒸気機関車が走っていて、夜、家の風呂に入っていると、時々ボーッという汽笛が遠くから聞こえてきました。
客車列車は名古屋機関区のC57が、貨物列車は稲沢第一機関区のD51が活躍していました。

従って、私の鉄道写真は関西線(名古屋口)の蒸気機関車から始まりました。
腕前はまだまだでしたが、初期の頃の写真をご覧ください。

左の写真は、私の最初のカメラ・ハーフサイズのオリンパスペンで撮りました。
名古屋機関区の転車台に乗るC57、黄金陸橋からです。
関西線(名古屋口)A

名古屋 1969(S44).9

父親からキャノネットを借りて、名古屋駅へ行きました。
入場券30円を払って撮りました。

門デフを付けていますので、九州から転属してきた機関車と思われます。
関西線のホームです。

まもなく名古屋駅から蒸気機関車の牽引する客車列車が消えようとしていた頃です。
関西線(名古屋口)B

 八田 1969(S44).

名古屋行きの客車列車が八田駅に到着します。
キャノネットにフジカラー(ネガ)を入れて撮りました。

名古屋機関区のC57は赤いナンバープレートを付けていました。
もう少し綺麗に磨けばもっと見栄えがしたのに・・・。

次が終点の名古屋です。

八田駅は高架になり全く違う駅になりましたが、この頃は汽車の似合う貨物取り扱い駅でした。この少し先に、右に別れる三菱重工への引き込み線もありましたので、隣の近鉄がそれを跨ぐために高架になっています。
関西線(名古屋口)C

 弥富 1969(S44).9

当時、関西線の普通列車の本数は少なかったですが、朝だけはかなり走っていました。

朝の通勤列車を牽引して弥富を出発するC57です。
朝は長い編成を引っ張っていました。

まもなく蒸機牽引の旅客列車がなくなると思って早起きして弥富へ行きました。
 関西線(名古屋口)D 弥富〜長島 1969(S44).
  弥富を出発するC57です。夏休みに撮りました。
 関西線(名古屋口)E 弥富〜長島 1969(S44).
 昔、近鉄が関西線の上を越していた頃の残骸がありましたので、その上から撮りました。木曽川鉄橋を渡り終えた列車です。
 関西線(名古屋口)F 弥富〜長島 1969(S44).
 貨物列車はD51でした。
 関西線(名古屋口)G 弥富〜長島 1969(S44).
 写真左端に上のEを撮った高架橋の残骸が写っています。
 関西線(名古屋口)H 弥富〜長島 1969(S44).9
 C57+客車列車の最後が近づいてきました。
 お別れ列車はC57139号が勤めました。少しずつ綺麗に化粧されていくC57139号です。
 関西線(名古屋口)I 弥富〜長島 1969(S44).9
  だいぶ綺麗になったC57139号です。
関西線(名古屋口)J

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

いよいよお別れの時が来ました。

綺麗になったC57139に機関区員総出で「さようなら」の飾り付けをしていました。
関西線(名古屋口)K

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

飾り付けが終わり、外へ出てきました。
綺麗です。
 
関西線(名古屋口)L Nさん撮影

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

たくさんの人が集まりました。
当時、高校3年生のNさんも名古屋機関区へ行きました。
関西線(名古屋口)M Nさん撮影

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

綺麗なC57139号です。
関西線(名古屋口)N Nさん撮影

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

機関士と機関助士に花束贈呈です。

花束を贈った着物姿の女性は、名古屋機関区の女子事務員だったと思います。
関西線(名古屋口)O Nさん撮影

名古屋機関区 1969(S44)..9.30

五色のテープに送られ、C57139号は名古屋機関区を出て、名古屋駅に向かいました。



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