津島軽便堂写真館

南紀の国鉄紀勢線 1976(昭和51)年1月の旅行記

南紀の国鉄-01

 新宮 1976(S51).1.11

夜明け前の新宮に停車中のDF50牽引の客車列車です。
当時の時刻表で調べると、天王寺22:40→新宮5:10/5:50→名古屋13:08の長距離鈍行924列車[南紀]でした。

前日23:58名古屋発のDC夜行急行「紀州5号」で、新宮5:20着。真っ暗な新宮駅で下車し、停車中の客車列車を撮りました。
このときは学生時代の仲間3人で、紀州鉱山鉄道を訪問しました。初日は日曜日で鉱山が休日と思われたので、国鉄紀勢線の写真を撮り、南紀のケーブルカーの乗り潰しを計画し、夕方のバスに乗り紀州鉱山の中心地・板屋へ向かいました。

この頁では、南紀の国鉄紀勢線の写真をご覧ください。

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南紀の国鉄-02

 新宮 1976(S51).1.11

少し明るくなりかけた新宮駅です。
停車中の列車は、新宮6:31(始発)の和歌山市行き121列車です。
この列車に乗り、撮影ポイントを探したら、隣の三輪崎駅まで海沿いを走ったので、三輪崎で下車しました。
南紀の国鉄-03

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

ブルートレイン特急「紀伊」です。
これを撮るため、名古屋から夜行列車に乗ってきたのですが、撮影場所を探しているうちに列車が来てしまい…

特急「紀伊」は東京20:40発、新宮6:56発、終点・紀伊勝浦7:18着でした。


この後、線路沿いを歩いて撮影しながら新宮へ戻りました。撮影順に写真を並べます。
南紀の国鉄-04

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

熊野灘に面した王子ヶ浜を走る列車です。
グリーン車を連結した急行編成ですが、朝8時前に新宮に向かう急行列車はないので、新宮で折り返して急行に充当される普通列車1324D(新宮7:35着)と思われます。

新宮~和歌山間は1978(S53).10.2に電化されました。電化工事が始まっており、コンクリート柱が立ち並んでいます。
南紀の国鉄-05

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

新宮8:00発のキハ82系特急「くろしお1号」天王寺行きです。
南紀の国鉄-06

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

上の写真05「くろしお1号」の後ろ姿です。
御手洗トンネルに入ります。
南紀の国鉄-07

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

海沿いを歩いていたら、特急「紀伊」の回送列車が通りました。

終点・紀伊勝浦7:18着の列車が、車両基地のある新宮まで一旦回送されました。
南紀の国鉄-08

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

新宮8:30発の急行「きのくに4号・しらはま1号」と思われます。

上の写真07の場所から逆方向を見ると、このような岩場でした。


なお、「きのくに4号」に併結していた「しらはま1号」は、新宮発、紀勢線、和歌山線、桜井線、関西線経由名古屋行きで、今では考えられないルートを走る列車でした。
南紀の国鉄-09

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

新宮に向かうDF50牽引の貨物列車です。
9時頃に通過したと思われます。
南紀の国鉄-10

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

上の写真09の貨物列車の後ろ姿です。
南紀の国鉄-11

新宮~三輪崎 1976(S51).1.11

紀伊田辺発亀山行きの普通122列車です。
DF50が牽引し新宮着が9:23です。

紀勢線の線路は、ここで一旦海から離れ北上し新宮駅に向かいます。

この写真を撮った後、約2km北にある丹鶴城(新宮城)跡に向かって歩きました。
新宮ケーブルカーに乗るためです。
南紀の国鉄-12 新宮~鵜殿 1976(S51).1.11

熊野川橋梁を渡るDF50牽引の貨物列車です。
丹鶴城(新宮城)跡から俯瞰しました。10時頃に通ったと思います。
ここへ来たのは、新宮ケーブルカーに乗るためでしたが、紀勢線の貨物列車の通る時間も駅で聞いてきたので、まず貨物列車を撮りました。
その後、新宮のケーブルカーの撮影&乗り潰しをしました。
南紀の国鉄-13 新宮 1976(S51).1.11

新宮駅11:30頃です。

新宮ケーブルカーの撮影を終え、新宮駅へ戻ってきました。
南紀の国鉄-14

 新宮 1976(S51).1.11

新宮に停車中の急行「はまゆう1号」です。
新宮11:37です。車内販売用のワゴンを押したおばさんがいますが、これから乗り込むのでしょうか、それとも降りたのでしょうか。

急行「はまゆう1号」は鳥羽発・多気折返し・紀伊勝浦行きの大都市を全く通らない珍急行でした。

この列車に乗り紀伊勝浦に向かいました。紀伊勝浦のケーブルカーに乗るためです。
南紀の国鉄-15

紀伊勝浦~湯川 1976(S51).1.11

紀伊勝浦駅11:58到着後、船で「ホテル浦島」へ渡り、ケーブルカーの乗り潰しをしました。
ケーブルカー山頂の狼煙山で降りて、展望台から紀勢線の列車を撮りました。
紀伊勝浦12:44発の急行「紀州1号」と思われます。
南紀の国鉄-16

 那智 1976(S51).1.11

那智駅を通過する特急「くろしお2号」名古屋行きのキハ81形の後ろ姿で、13:30頃(勝浦13:25発)です。

ホテル浦島から船で戻り、紀伊勝浦駅前からバスで那智へ移動しました。当時の時刻表を見ると、新宮~紀伊勝浦間には30分おきにバスが走っていました。
バスで那智駅前へ到着したら、特急「くろしお2号」の通過時間だったので、駅へ急ぎ、後ろ姿だけ撮ることができました。
南紀の国鉄-17

 那智 1976(S51).1.11

名古屋発着の特急「くろしお」は1日1往復で、この当時は両先頭にキハ81形が使用され、新宮で交換するダイヤになっていました。

名古屋発紀勢線経由天王寺行きの特急「くろしお5号」1Dです。13:55頃の通過です。
那智駅のすぐ横の砂浜から撮りました。
南紀の国鉄-18

 那智 1976(S51).1.11

上の写真17の続きで、那智駅(写真右)を通過した「くろしお5号」の後ろ姿です。
南紀の国鉄-19

 那智 1976(S51).1.11

那智へ到着するDF50牽引124列車です。タブレットを交換します。

この列車は、和歌山市発亀山行きで、那智14:31発でした。
那智駅付近で特急「くろしお」の写真を撮った後、この列車に乗り新宮に向かいました。
南紀の国鉄-20

三輪崎? 1976(S51).1.11

駅員がタブレットを持って歩いています。
124列車に那智から新宮まで乗りました。その中間駅で撮った写真です。
該当するのは宇久井・紀伊佐野・三輪崎の3駅ですが、地形図等から三輪崎と推定しました。
南紀の国鉄-21

 新宮 1976(S51).1.11

新宮へは14:52に到着しました。
駅構内でキハ58系が入換をしていました。腕木信号機が壮観です。
1978年3月に新宮~和歌山間がCTC化されたので、タブレット閉塞と腕木信号機は、そのときに姿を消したと思われます。


この後、新宮15:25発の三重交通バスに乗り、紀州鉱山の中心地・板屋に向かいました。板屋には17時少し前に到着。事前に調べて予約した旅館「一の栄」に宿泊しました。
南紀の国鉄-22

 阿田和 1976(S51).1.13

阿田和に停車中の上り(亀山方向)貨物列車。新宮に向かう下りの単機回送列車が通過。
写真右側には紀州鉱山の鉱石積込用ホッパーの名残が残っていました。紀州鉱山から索道で阿田和駅まで鉱石を輸送していましたが、1967(S42)年9月に索道輸送は廃止されました。

新宮~紀州鉱山(板屋)の路線バスは阿田和駅近くを経由したので、紀州鉱山からの帰りは阿田和でバスを下車し、紀勢線に乗り継ぎました。阿田和駅に12時頃に到着したらDF50がいたので撮影しました。
南紀の国鉄-23

 阿田和 1976(S51).1.13

DF50牽引の上り貨物列車は、駅長からタブレットを受け取り出発です。

この写真を撮った後、阿田和12:49発の普通1332Dに乗り熊野市へ、熊野市から急行「くまの・紀州4号」に乗り換えて多気へ向かいました。
熊野市13:28→多気15:33
南紀の国鉄-24

 多気 1976(S51).1.13

多気に停泊するDF50 2です。
多気は紀勢線と参宮線が分岐する拠点駅です。
ホーム横に小さな車庫があり、DF50が留置してありました。

15:33に急行で多気へ到着し、下車して撮りました。
南紀の国鉄-25

 多気 1976(S51).1.13

車庫の前に留置してあったDF50 2と、車庫内のDF50 3です。
南紀の国鉄-26

 多気 1976(S51).1.13

16:02に多気へ到着するキハ81形の名古屋行き特急「くろしお2号」です。
運転助士がタブレットを駅員に渡すための準備をしています。


なお「くろしお2号」で多気→名古屋間は特定特急券600円(通常900円)で乗車できました(急行に乗れる南近畿ワイド周遊券は名古屋発3,800円)。
我々3人は南紀旅行の最後は憧れのキハ81形特急に乗ることにして、先行の急行から多気で下車して特急を待ちました。
南紀の国鉄-27

 多気 1976(S51).1.13

停車直前に、運転助士が駅員にタブレットを渡すシーンを狙って撮りましたが、シャッターを押すのが一瞬遅く、失敗でした。
この特急「くろしお2号」に乗って名古屋へ帰りました。
夜行列車で出発し、3日間の南紀旅行でしたが、あまり知られていない紀州鉱山鉄道や南紀のケーブルカーを訪問できて、とても充実した旅でした。

1976.1.11~13の写真は以上ですが、Nさん撮影のDF50と腕木信号機の写真がありましたので、おまけで下に追加します。
南紀の国鉄-28 Nさん撮影

 多気 1979(S54).3.25

多気を出発してきたDF50牽引の客車列車です。
ずらり並んだ腕木信号機が壮観です。
多気駅の場内信号機で、紀勢線と参宮線が合流するところにあり、左の3本が紀勢線、右の3本が参宮線用です。
この当時の時刻表で調べると、多気16:36発の127列車新宮行きで、多気以南の客車列車は1日3往復ありました 。
 紀州鉱山鉄道
 紀勢線・下庄
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参考図書:国鉄監修 時刻表1975(S50)年12月号・1978年10月号 日本交通公社発行