津島軽便堂写真館

紀州鉱山鉄道 1  板屋    紀州鉱山バス路線  小口谷 湯ノ口 惣房


↑国土地理院1/5万地形図 上の6/7は「十津川」昭和44年編集より 下の1/7は「新宮」昭和44年編集より
紀州鉱山鉄道の路線が点線で引いてあった(一部追記)ので、でなぞりました。トンネル部分は薄く、地上へ出ている部分は濃く塗ってあります。駅以外は、ほとんどトンネルでした。この地図で、湯ノ口から左斜め下に行く路線は、既に廃止になっていました。
紀州鉱山は、三重・和歌山・奈良県の県境の三重県紀和町(現・熊野市)にあった石原産業の銅鉱山です。1978(昭和53)年5月に閉山されました。
紀州鉱山には軌間610mm(2フィート)の複線で電化された大規模な鉱山鉄道がありました。

紀州鉱山を訪問したのは1976年1月です。学生時代の鉄仲間と3人で訪問しました。紀州鉱山には1日半滞在しただけですが、軌間610mm複線の鉱山鉄道がとても印象に残っています。定期客車列車が走っていた板屋-小口谷-湯ノ口-惣房(そうぼう)の他に、紀州鉱山のご厚意により一般人が乗車できない湯ノ口~上川(じょうせん)間も乗車させてもらいました。
この紀州鉱山鉄道の記録を残したいと思い、2010(H22).11.26に「津島軽便堂写真館」を開設したとき、最初にアップしたのが「紀州鉱山鉄道」でした。

紀州鉱山に関する書籍はありませんでしたが、RM LIBRARY-212「紀州鉱山専用軌道-その最後の日々」が2017.4.1発売されました。著者の名取紀之さんが詳細に調査された貴重な記録で、紀州鉱山鉄道に関する唯一無二の参考書です。
これを参考にして、紀州鉱山鉄道の頁をリニューアルしました。ご覧ください。

紀州鉱山の中心は紀和町板屋(現・熊野市)でした。
鉱山で採掘した鉱石を板屋の選鉱場へ輸送するため、610mm軌間の電化された鉱山鉄道があり、板屋-小口谷-湯ノ口-惣房(そうぼう)間には従業員と家族輸送用に定期客車列車も運行されていました。
選鉱場で選別された鉱石(精鉱)は、昔は索道により紀勢線阿田和駅まで輸送されていましたが、1967(S42)年にトラック輸送に切り替えられました。

←板屋駅の構内配線イメージ図です。
写真とRM LIBRARY-212「紀州鉱山専用軌道」P14掲載図を参考にして描きました。の中の数字が写真番号に該当します。
↓紀州鉱山鉄道 板屋01  1976(S51).1.12
板屋の町から板屋駅への入口です。
坂を上ったところに客車や機関車がたくさんいました。
紀州鉱山鉄道

板屋02  1976(S51).1.12

前日の夕方に板屋へ到着し、旅館「一の栄」に泊まりました。
始発列車は7:10に板屋を出発するので、朝早く朝食を食べ、7時前に板屋駅へ行きました。

前夜の雪で、うっすらと白くなっていました。

パンタを上げ出発準備中のL型電気機関車606号と客車列車です。
紀州鉱山鉄道

板屋03  1976(S51).1.12

右が板屋駅の乗降場・待合室です。
その前に停車中の613号の客車列車が7:10発の惣房行きです。
左には612号の客車列車も出発準備しています。

なお紀州鉱山鉄道は、機関車だけブレーキ装置があり、客車と貨車にはブレーキ装置がなかったです。
紀州鉱山鉄道

板屋04  1976(S51).1.12

板屋駅に並んだ列車群です。
たぶん続行で何列車か出ますので、L型の電気機関車4両が勢揃いし、パンタを上げて出発準備をしています。

撮影場所の背面はすぐトンネルです。
機関車は、左から612号、606号、609号、613号です。

RM LIBRARY-212によれば、紀州鉱山鉄道にはL型電気機関車が12両在籍し番号が601~613(604が欠番)
紀州鉱山鉄道
板屋05  1976(S51).1.12

駅を出て、すぐにトンネルに入り、小口谷に向かいます。
右上に選鉱所へのインクラインが写っています。その右側に選鉱所がありました。
客車の窓は「無双窓」と呼ばれる格子状の板が二重になっていて内側をスライドさせて開閉する方式で、ガラスなしです。最近知ったことですが、無双窓は明かり取りや換気のために旧家でよく使われていました。
車内灯もなかったので、トンネルに入ると真っ暗になりました。
7:10発のこの列車に乗って惣房に向かいました。
紀州鉱山鉄道 板屋 06↑人車乗車注意看板   07↗定期客車時刻表  railbusさん撮影 1976(S51).6.18
 板屋駅の待合室に掲示されていた注意看板と時刻表です。
 板屋~惣房間の所要時間は約30分で、当時の国鉄ローカル線並の本数の列車が運行されていました。
紀州鉱山鉄道
板屋08  1976(S51).1.12

惣房9:30発の定期客車列車が板屋に到着しました(10:00頃)。牽引してきた機関車は切り放されて機廻し入換中です。
この列車に乗ってきた人たちが降りて、板屋の町に向かいます。
写真を見ると、鉱山鉄道がこの地方の生活を担っていたことがうかがわれます。

私たちは7:10に板屋を出発し、惣房、湯ノ口で写真を撮り、この列車で一旦板屋へ戻りました。
板屋で写真(08~18)を撮り、再び11:20発の列車で湯ノ口に向かいました。
紀州鉱山鉄道

板屋09  1976(S51).1.12

板屋構内の北奥の風景です。
(上の構内配線略図参照)
紀州鉱山鉄道

板屋10  1976(S51).1.12

トンネルを出て駅をまっすぐ進んだところです。
建物の奥で、線路は右にカーブしています。 この奥にも何か鉄道関連施設がありました。
紀州鉱山鉄道

板屋11  1976(S51).1.12

上の写真10の右奥に進んだ場所です。
貨車用のターンテーブルの上に貨車(鉱車)が乗っていました。
この辺りは整備工場のような雰囲気でした。

鉱車は、鉱石輸送用に使われる主役の貨車で、紀州鉱山には1,500両ほどが在籍していたということです。
紀州鉱山鉄道 板屋12・13  1976(S51).1.12  板屋の選鉱場の左横にインクライン(貨物用ケーブルカー)がありました。
選鉱場は山の斜面を利用して建設され、「選鉱とは搬出した鉱石を、有用な鉱石(精鉱)と廃石に物理的に選り分ける作業のことです。」
昔はこのインクラインで鉱石を積んだ鉱車を引き上げ選鉱場へ入れていたようですが、この当時、貨物列車は板屋の手前(トンネル内)の岡本谷転車場まで運転され、そこでチップラー(貨車をひっくり返す装置)で鉱石を降ろし、鉱石はコンベアで選鉱場の上の方に運ばれていました。
紀州鉱山鉄道 板屋14・15  1976(S51).1.12  
鉱石輸送には使われなくなったインクラインですが、重量物を選鉱場の中へ輸送するのに使われていました。
インクラインは撮りましたが、その横の選鉱場をしっかり撮らなかったのを悔やんでいます。
紀州鉱山鉄道

板屋16  1976(S51).1.12

11時を過ぎた頃です。
奥の方からドラム缶を積んだ鉱車を手押しで運んできました。
紀州鉱山鉄道

板屋17  1976(S51).1.12

上の写真16の続きです。
手押しで運んできた鉱車を客車の後ろに連結します。

停車中の客車は、11:20発の惣房行きになります。後ろに連結した鉱車は湯ノ口で切り放されました。
紀州鉱山鉄道

板屋18  1976(S51).1.12

惣房行き 定期列車の出発時刻(11:20)が近づいてきたので、パンタを下げて休憩していた機関車(上の写真17の右)が動きだし、客車の前に連結しました。
11:20に出発し、私たちもその列車で湯ノ口に向かいました。
紀州鉱山鉄道

板屋19  1976(S51).1.12

夕方の板屋駅で入換をする612号です。


板屋を11:20に出発し、湯ノ口、上川(じょうせん)で写真を撮り、湯ノ口15:35発の列車で板屋に戻りました(15:50頃)。
この後、暗くなるまで板屋で撮りました。
紀州鉱山鉄道

板屋20  1976(S51).1.12

4tのバッテリー機関車が北へ向かって動き始めたので追いかけました。
紀州鉱山鉄道

板屋21  1976(S51).1.12

同上
追っかけを続けます。
この左が選鉱場です。
紀州鉱山鉄道

板屋22  1976(S51).1.12

バッテリー機関車を追い越して、逆方向から撮りました。

4t機関車406号です。
4tバッテリー機関車は401~417 (404が欠番)の16両が在籍しました。
上のバッテリーは載せ替え式で28番でした。
紀州鉱山鉄道

板屋23  1976(S51).1.12

バッテリー機関車は建物の中へ入り、これから充電をします。

この建物は、上の構内配線略図より更に上の方にあったと思います。
紀州鉱山鉄道

板屋24  1976(S51).1.12

定期客車列車が到着しました。
惣房16:00→板屋16:30の列車と思われます。
勤め帰りの人たちが大勢降りてきました。駅に到着する前に、みんな窮屈な客車から早く出たくて、トンネル出口手前で一旦停止したときに降りてしまったような感じです。

この列車は板屋16:30発の惣房行きとして、すぐ折返しました。
紀州鉱山鉄道

板屋25  1976(S51).1.12

次に戻ってきたのは、4tのバッテリー機関車の小編成列車でした。
紀州鉱山鉄道

板屋26  1976(S51).1.12

同上
通り過ぎたところを後追いで撮りました。
紀州鉱山鉄道

板屋27  1976(S51).1.12

同上
通り過ぎたところを後追いで撮りました。

機関車は415号で、バッテリーは27番でした。


これが、この日の最後の写真です。
この後、板屋の旅館「一の栄」に戻りました。
紀州鉱山鉄道

板屋28  1976(S51).1.13

紀州鉱山鉄道2日目です。
この日も板屋7:10発の始発列車に乗るため、7時に板屋駅に着き、トンネルの中から撮りました。

前日は月曜日で、休み明けで山へ入る人が多かったのか、4列車が並んでいましたが、この日は2列車でした。

7:10の列車に乗り、前日に訪ねていない小口谷へ行きました。
紀州鉱山鉄道

板屋29  1976(S51).1.13

7:10に板屋を出発し、隣の小口谷で1時間ほど写真を撮り、8:30頃に戻ってきました。

前日から紀州鉱山鉄道の写真を大量に撮ったので、持って行った白黒フィルムを使い果たし、予備のカラーネガで撮りました。
紀州鉱山鉄道

板屋30  1976(S51).1.13

板屋で私が撮った最後の写真は、一緒に出かけた3人の記念写真です。
客車の小ささがよく分かります。
一番手前が私で、その隣がSaさん、その向こうがHiさんです。

この写真を撮った後、1.5km西の小川口まで歩き、瀞峡観光ウォータージェット船に乗り、瀞峡観光をしました(9:10~10:10)。小川口で下船した後、帰りのバスの出発時間(小川口11:00発新宮行き)までしばらく時間があったので、再び1km離れた鉱山鉄道の小口谷まで戻り写真を撮りました。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

板屋31  1976(S51).6.18

railbusさんも1976年6月に紀州鉱山を訪問しました。
お昼頃の板屋のホームには、613号牽引の惣房行きの定期列車が停車中でした。
railbusさんは、この13:30発の列車に乗車して惣房に向かいました。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

板屋32  1976(S51).6.18

613号を真横から見ました。
613号は最後に増備された電気機関車で1962年製です。


紀州鉱山の中心地・板屋の写真は以上です。
次は隣の駅・小口谷です。
紀州鉱山鉄道  バス路線
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  小口谷
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  湯ノ口
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上川(準備中) 惣 房
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参考図書:RM LIBRARY-212「紀州鉱山専用軌道-その最後の日々-」名取紀之著 ネコ・パブリッシング 2017(H29).4.1発行
     「全国鉱山鉄道」-鉄道の原点"ヤマ"軌道をもとめて- 岡本憲之著 JTBキャンブックス 2001(H13).10.1発行