津島軽便堂写真館

紀州鉱山鉄道 0  紀州鉱山へのバス路線    紀州鉱山鉄道1板屋


国土地理院1/20万地形図(左半分が「田辺」S42発行、右半分が「木本」S43発行)に、紀州鉱山の中心地・紀和町板屋への1976年当時のバス路線を赤(板屋~阿田和~新宮)青(板屋~神上~熊野市~上木本)で追記しました。が主ルートで普通のリアエンジンバスが走り、は途中難所があるようでボンネットバスが走っていました。
私が紀州鉱山のことを知ったのは1975(昭和50)年の年末です。
その前年(1974)に大学を卒業し社会人になっていましたが、大学の鉄研後輩のナローファンから「紀州の山奥の鉱山に、一般のお客も乗れる列車が走っている…」という記事が中日新聞夕刊に掲載されたと聞きました。

早速、地図専門店を訪問し、紀州の山奥の鉱山のある場所(三重県紀和町板屋)を探して地図を購入し、そこまでのバスの時間とか、板屋に泊まる旅館があるかどうかを調べました。
交通公社時刻表には、観光地以外のバス路線は掲載されておらず、どうやって調べたのか記憶がありませんが、バス会社(三重交通)や役場(紀和町)へ電話してバス路線と旅館を探したと思います。

1976
1月に紀州鉱山を訪問しました。それから既に50年経過したので、今一度当時のことを調べ直しました。
まず気になったのが紀州鉱山へのバス路線です。
そこで、バス研究家のrailbusさん(大学鉄研の先輩)に相談したところ、収集した貴重な資料(下のバス資料1・2)を見せていただきました。
それを参考にして、左の1/20万地形図に当時のバス路線をで記入しました。

バス資料1  railbusさん提供

三重県バス路線図:三重県バス協会1978(昭和53)年4月発行の一部分

このバス路線図を見ると、紀州鉱山の中心地・紀和町板屋に向かうバス路線は、下記2路線
①新宮から海沿いを北上、阿田和で左折、風伝峠を越えて板屋に至る
②熊野市駅前から山間部を走り、七色峡・大沼口を経由し板屋に至る

railbusさんが1976年6月に訪問したときのメモによれば
①新宮発小川口行きのバス時刻
7:25、8:35、11:35、13:35、15:25、17:50(板屋止め) の6本
通常のリアエンジンバスで運行
バスは板屋の先・小川口まで運行。小川口には瀞峡観光のウォータージェット船の乗場があった。

②上木本(熊野市駅)発板屋行き
7:30、8:30、12:30、14:45、16:30 の5本 ボンネットバスで運行
バス資料2  railbusさん提供

三交南紀路線図
1988(昭和63)年5月発行

上の資料1に対応した路線図です。
全ての停留所名が記載されています。紀州鉱山の閉山から10年経過し、バス路線は一部廃止になっていますが参考になります。
(これ以前のものがありません)

路線図で、熊野市駅前の右に新町というバスターミナルがありますが、これは「上木本」が改称されたもので、木本は熊野市の中心市街地です。
紀州鉱山鉄道

バス板屋-1 1976(S51).1.13

紀州鉱山の板屋選鉱場を背景にした三重交通ボンネットバスです。

このバスは、ここが終点で折返しのため待機していました。
行先は熊野市駅経由上木本行きになっています。

我々が新宮から乗ってきたバスは通常のリアエンジンバスでした。
板屋で当時希少価値のボンネットバスを発見して大喜びで撮りました。ボンネットバスは板屋~熊野市駅経由~上木本の系統で使用されていました。
紀州鉱山鉄道

バス板屋-2 1976(S51).1.13

上の写真01と同じ場所です。
別の角度から撮りました。

板屋行きバスの折返し場所で、上の路線図(バス資料2)では、板屋車庫前が該当します。

写真奥の右方向に紀州鉱山の入口がありました。
紀州鉱山鉄道

バス板屋-3 1976(S51).1.13

終点で停車中のバス(01・02)の出発時間が近かったので、走って板屋の町中へ行き走行写真を撮りました。
ボンネットバスのおかげで、今となっては貴重な板屋の町並の写真が撮れました。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

バス板屋-4 1976(S51).6.18

railbusさんも1976年6月に紀州鉱山を訪問しました。

熊野市発の板屋行きのバスが、板屋のバス停に到着します。
この辺りが板屋の町の中心です。
上の写真03と同じ道で、少し東の反対方向を見た写真です。

北側(写真左側)に新道が出来たので、この旧道はバスが通らなくなりました。(下の地図参照)
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

バス板屋-5 1976(S51).6.18

板屋に到着したバスは、鉱山事務所近くのバス転回場で向きを変え、しばらく留置されました。
行先方向幕は神上経由上木本行きになっています。
上の写真02(5ヶ月前に同じ場所で撮影)では、熊野市駅経由上木本行きになっていました。
同じルートを通るのに経由名を何故変えたのか不思議ですが、railbusさんの推測では、熊野市へ最短ルートで行くのではなく、遠回りして七色峡を通るルートであることを強調したのだろうということです。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

バス板屋-6 1976(S51).6.18

同上

後ろの方向幕は「上木本(神上経由)板屋」になっています。
折返しの際に幕を変えずに済ませるためと思われます。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

バス板屋-7 1976(S51).6.18

同上

背景のベルトコンベアや配管が鉱山の近くであることを示しています。
1976(昭和51)年の板屋付近の地図です。国土地理院1/2.5万より
地図中央の交差点付近が写真01・02・05~07の撮影場所です。
左と同じ場所の現在(2026)です。地理院地図・電子国土WEBより
赤い道路が新道、中央の交差点右上に紀和鉱山資料館があります。
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影

熊野市駅前 1976(S51).6.19

熊野市駅前を出発する板屋行きのボンネットバスです。

railbusさんが当日の朝、板屋からボンネットバスで熊野市へ出ました。熊野市駅前に到着したら、突然板屋行きのボンネットバスが現れたので慌てて撮りました。
鉄道・バスの研究家railbusさんのホームページは↓
紀州鉱山鉄道 railbusさん撮影
       1976(S51).6.19
三重交通熊野営業所

以下はrailbusさんの調査です。
当時の熊野営業所にはボンネットバスが3台配置され、板屋行きに充当されていました。
 登録番号  三交番号
 三2 う・487  3018
 三2 う・805  3019
 三2 う・822  3020
ボンネットバスの諸元
車種(メーカー) いすゞ、BXD30
架装車体は川崎航空機製、
全長8,305mm, 全幅2,450mm,
全高2,935mm,
軸距(ホイールべース)4,300mm,
エンジンDA640(130PS)
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参考図書:RM LIBRARY-212「紀州鉱山専用軌道-その最後の日々」名取紀之著 ネコ・パブリッシング 2017.4.1発行