津島軽便堂写真館

上毛電鉄   黄色い電車が貨物列車を引っ張っていた時代です。

上毛電鉄の地図
 ↑この地図は国土地理院1/20万「宇都宮」S43.6.30発行より。 上毛電鉄を青くなぞり、主要駅と撮影最寄り駅を青字で記入しました。
上毛電鉄@

 新里 1978(S53).8.4

古豪のデハ101号と、西武から譲渡された電車が交換しました。

最近は鉄道ファンの注目を集めている上毛電鉄ですが、1970年代は関東圏にありながら地味な鉄道でした。

私が上毛電鉄を訪問したのは、本で読んだか誰かに聞いたか、電車が貨車を引っ張っているということを知ったからです。

この当時のことはほとんど覚えていませんが、かすかな記憶では、前日に東武の妻沼まで乗り、太田周辺の東武の支線を乗りつぶし、太田に泊まりました。
その翌日東武で赤城へ出て、上毛電鉄に乗り換えました。貨物列車の走らない西桐生まで乗りつぶしの1往復をしたあと、貨物列車の走る赤城〜三俣の間の何処かの駅で降りました。 
上毛電鉄A

 新里  1978(S53).8.4

貨物列車が駅に到着しました。

古豪のデハ81号が、タンク車を1両引っ張ってきました。
一旦留置線に入るようです。

どこの駅か全く記憶になかったのですが、留置線のある交換駅で、地図を調べると、新里駅と思われます。
上毛電鉄B

 新里  1978(S53).8.4

貨物ホームで小休止のデハ81号です。
右側に運転台があり、その窓だけ広くなっていました。
元東武の電車です。東武時代は正面5枚窓だったということで、リベットにその名残が残っていました。
丸い貨物のヘッドマークがよく似合っています。

ここで貨物の荷扱いをするわけではないですが、たぶん、次の電車がこの駅で交換した後に出発するための待避&時間調整と思われます。
上毛電鉄C

新里〜新川 1978(S53).8.4

上のABの貨物列車が新里を出発してくるのを、駅から少し歩いて撮りました。

あこがれの電車+貨車の貨物列車です。
上毛電鉄D

新里〜新川 1978(S53).8.4

次の電車はカラーで撮りました。
古豪のデハ103号です。


デハ100形(101〜104)は、1928(昭和3)年、上毛電鉄開業用に製造された電車です。
現在も101号が動態保存されています。
上毛電鉄E

新里〜新川 1978(S53).8.4

ノッペリしたクハも通りました。

たぶん、上の写真CDを撮ってから新里駅の方へ戻って撮ったと思います。
上毛電鉄F

新里〜新川 1978(S53).8.4

本命の貨物列車です。
赤城から三俣の油槽所へタンク車を運んでいきます。

逆光でしたが、デハ81号が明るい黄色でしたので、なんとかディティ-ルも写っています。

この写真を撮ってから終点の中央前橋に向かいました。
上毛電鉄G

中央前橋 1978(S53).8.4

終点(起点?)の中央前橋は情緒のある駅でした。
川風が暑さを和らげてくれます。

デハ102号が到着します。
上毛電鉄H

中央前橋 1978(S53).8.4

デハ101号が出発しました。

デハ100形が大活躍していた頃の中央前橋です。
上毛電鉄I

中央前橋 1978(S53).8.4

上の写真Hの列車の後ろ姿です。
後ろにノッペリ顔のクハを連結していました。

私が上毛電鉄で撮った最後の写真です。


このあと国鉄の前橋駅まで歩き、上信電鉄に向かいました。
上毛電鉄J  Nさん撮影

西桐生 1975(S50).7.16

上毛電鉄のもう一つの終点・西桐生です。3両編成の先頭にクハ701号がいます。

Nさんが研修で桐生に行ったときに撮った写真です。
上の写真@〜Iの3年前でした。
上毛電鉄K  Nさん撮影

富士山下〜丸山下 1975(S50).7.20

上毛電鉄の撮影名所・渡良瀬川鉄橋を黄色い電車が渡ります。
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参考図書: 「世界の鉄道'75」朝日新聞社1974(S49).10.14発行