津島軽便堂写真館

国鉄 篠山線   丹波篠山を走っていた国鉄ローカル線

デカンショ節で有名な丹波篠山にあった国鉄篠山線は、福知山線から分岐し、篠山口~福住17.6kmの路線でした。
山陰線の園部までの連絡線として戦時中に建設され、1944(昭和19)年に途中の福住まで完成したところで、翌年に終戦を迎え、以東は建設中止になりました。
福知山線から約5km離れた城下町・篠山への連絡(但し篠山駅は町の中心から少し離れていた)も兼ねたので、並行路線だった篠山鉄道は廃止されました。→篠山鉄道の映像

篠山線は1968(昭和43)年に、使命を終えた国鉄赤字ローカル線「赤字83線」の一つに指定され、1972(昭和47)年3月1日に廃止されました。

Nさんが、廃止の5日前に篠山線へ乗りに行きました。その写真をご覧ください。

↑国土地理院発行1/20万「京都及大阪」S43.3.30発行より
  篠山線を赤く塗り、主要駅を記載しました。
昔の篠山鉄道を青線で記載しました。

篠山線① 篠山口 1972(S47).2.25 Nさん撮影

廃止直前の篠山口ホームに立て掛けてあった、廃止案内の看板です。
交通公社時刻表1971.10月号より
篠山線廃止直前の時刻表です。
名古屋から出て乗れそうな時間に走っている列車は、篠山口1600だけです!休日運休なのでNさんは2/25(金)に出かけました。
篠山線② Nさん撮影

 篠山口 1972(S47).2.25

篠山口16:00発の篠山線の福住行きです。
左(北)が福住方です。
キハ17+キハ20の気動車2連の後ろに無蓋貨車を連結した混合列車でした。

Nさんは、この列車に乗り篠山線を完乗しました。
篠山線③ Nさん撮影

 福住 1972(S47).2.25

篠山線終着駅の福住です。

旅客ホームよりも貨物ホームのほうが立派な感じでした。
混合列車で運ばれてきた貨車が点々と置いてあるのもローカル線らしくて良いですね!
篠山線④ Nさん撮影

 福住 1972(S47).2.25

篠山線は、ここから先、山陰線の園部まで延伸される計画でした。
篠山線⑤ Nさん撮影

 福住 1972(S47).2.25

福住駅の木造駅舎です。廃止案内の看板が立て掛けてありました。

福住着が16:37で、出発は16:42でした。折返し時間5分の間に③~⑥の写真を撮りました。
篠山線⑥ Nさん撮影

 福住 1972(S47).2.25

お名残乗車に来た人たちが記念写真です。車掌さんが「はいチーズ!」と言いながらシャッターを押すのが聞こえてきそうな微笑ましい光景ですね!
篠山線⑦ Nさん撮影

 篠山口 1972(S47).2.25

福住16:42発の列車は、17:16に篠山口へ到着しました。
途中(篠山駅?)で、キハ17の後ろに無蓋貨車を連結して混合列車になりました。
 津島軽便堂Topページへ戻る  2020(R2).3.28up

参考図書:国鉄監修 時刻表1971(S46)年10月号 日本交通公社発行
     「鉄道ファンNo.429・430」1982(S57)年1・2月号-篠山鉄道始末記-安保彰夫著