国土地理院1/5万「軽井沢」-1980(S55).6.30発行に追記
津島軽便堂写真館

碓氷峠(横川~軽井沢) EF63の時代

信越線の横川~軽井沢11.2kmの碓氷峠越えは66.7‰の急勾配区間でした。横川駅の標高は386.6m、隣の軽井沢の標高は939.1m、軽井沢駅近くのサミットは941.9mで、標高差555.3mを10.1kmで上る交通の難所でした(*1)。1893(明治26)年の開業時はアプト式でしたが、1963(昭和38)年に粘着式に変更。碓氷峠専用の機関車EF63形が投入されました。1997(平成9)年10月の北陸(長野)新幹線開業により、横川~軽井沢間は廃止されました。この碓氷峠は撮影の名所で、廃止の頃には写真集が多数発売されました。廃止から既に26年以上経過したので、私も忘れないうちに写真を掲出します。(*1:数値は『日本鉄道名所5 中央線上越線信越線』小学館1986.10発行より)
碓氷峠① 軽井沢 1971(S46).6.10

軽井沢に到着した181系時代の特急「あさま」です。
軽井沢は霧の中でした。


このときはNさんと一緒に信州旅行をして、飯山線、小海線、大糸線のC56を撮りました。そのついでに66.7‰の碓氷峠を乗りに行きました。


↓碓氷峠② 軽井沢 1971(S46).6.10

横川で連結し、この列車を押し上げてきた後補機のEF63形を、軽井沢で切り放します。EF63形は横川~軽井沢間だけで使用されました。
碓氷峠③ Nさん撮影

 軽井沢 1971(S46).6.10

霧の軽井沢を出発し、碓氷峠を下り横川に向かう特急「あさま」です。
181系の先頭側にEF63形を付けて坂を下ります。

国鉄の最急勾配区間(66.7‰)のため、横川~軽井沢間の全列車にEF63形2両の補助機関車が、坂の下側(横川寄り)に連結されました。
安全のため、下り列車(長野方面行き・坂を上る)は後ろ側に、上り列車(上野方面行き・坂を下る)は前側にEF63形2両が連結されました。
碓氷峠④ Nさん撮影

 軽井沢 1971(S46).6.10

客車列車か貨物列車を牽引してきたEF62形に、前補機のEF63形2両を連結します。
ここからは三重連で碓氷峠を下ります。
碓氷峠⑤

横川 1971(S46).6.10

横川駅のホームから見た横川機関区です。
「峠のシェルパ」と呼ばれたEF63形電気機関車の基地でした。

EF63形は碓氷峠専用の補助機関車として製造された機関車です。
wiki- EF63形電気機関車
碓氷峠⑥ Nさん撮影

軽井沢 1975(S50).7.17

軽井沢駅の全景です。
EF63形が常時待機していました。
軽井沢→横川の前補機として連結するための準備です。
碓氷峠⑦

横川 1981(S56).11.14

後ろにEF63形の補機を連結する189系時代の特急「あさま」です。
189系は碓氷峠を上下するため、EF63形と協調運転できるように製造されました。
碓氷峠⑧

横川 1981(S56).11.14

間もなく連結です。
EF63形の軽井沢側の連結器は、どんな車両にも連結できる形状でした。
碓氷峠⑨

横川 1981(S56).11.14

連結がほぼ完了した特急「あさま」です。
横川駅では全ての列車にEF63形を連結しました。
その作業には時間がかかるため、4分以上停車しました。
列車の窓が開く時代は窓を開けて駅弁「峠の釜めし」を買いました。窓が開かない特急時代は電車から降りて買っていました。
連結シーンを撮るより、お客が「峠の釜めし」を買うシーンを撮れば良かったと反省しています。
碓氷峠⑩

軽井沢 1981(S56).11.14

169系の急行列車にEF63を連結します。
169系も碓氷峠を上下するため、EF63形と協調運転できるように製造された急行形電車です。

軽井沢でも貨物を扱っていたことが分かる写真ですね。
碓氷峠⑪

軽井沢 1981(S56).11.14

上の写真⑩の続きで、跨線橋から撮りました。
連結が終わり、間もなく上野行き急行列車が出発します。
碓氷峠⑫ Nさん撮影

横川 1996(H8).11.23

横川に到着した、上野行き特急「あさま」です。
後方にそびえる山々が峠越えの厳しさを物語っています。

廃止の約1年前にNさんが訪問しました。
碓氷峠⑬ Nさん撮影

横川~軽井沢 1996(H8).11.23

旧丸山変電所の前のカーブを特急「あさま」が下ります。
碓氷峠⑭ Nさん撮影

横川~軽井沢 1996(H8).11.23

撮影名所のコンクリートアーチ橋を渡ります。
左が軽井沢、右が横川で、軽井沢に向けて66.7‰の上り急勾配が続きました。
アーチ橋が2つ並び、手前が下り線(長野方面)、向こう側が上り線(上野方面)です。
碓氷峠⑮ Nさん撮影

横川~軽井沢 1996(H8).11.23

コンクリートアーチ橋の手前には、煉瓦造りのアーチ橋がありました。
碓氷峠⑯

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

煉瓦造りのアーチ橋です。
このアーチ橋は、アプト式の旧線時代の鉄道橋で、碓井第三橋梁として重要文化財になっています。

横川~軽井沢間の廃止が4ヶ月半後に迫った頃、Nさん達と一緒に最後の訪問をしました。このときは軽井沢でレンタカーを借りて移動しました。
碓氷峠⑰

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

489系の特急「白山」がコンクリートアーチ橋を渡ります。
この色は白山色と呼ばれるそうですが、ボンネット特急には昔の特急色のほうが絶対似合っていました。

←碓氷峠⑱ 横川~軽井沢 1997(H9).5.18 Nさん撮影

コンクリートアーチ橋を俯瞰しました。
手前が上り線で、上野行き特急「あさま」が通過中
その向こうが下り線、右奥には煉瓦造りのアーチ橋が見えます。
↑碓氷峠⑲ 横川駅前 1997(H9).5.18

有名な「峠の釜めし」の「おぎのや」です。
手前の排水溝の蓋には、アプト式時代のラックレールが使われていました。
碓氷峠⑳

横川駅前 1997(H9).5.18

横川を出発した特急「あさま」の後ろ姿です。
茶色の旧塗色を復刻したEF63形が押し上げます。
碓氷峠(21) Nさん撮影

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

EF62の臨時客車列車も通りました。
碓氷峠(22)

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

旧丸山変電所の前を通り過ぎ、横川に向かう特急「あさま」です。
碓氷峠(23)

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

115系の普通列車です。3両編成でもEF63形2両の後補機が付いていました。

線路をまたぐ斜張橋は、上信越自動車道の碓氷橋です。
碓氷峠(24)

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

軽井沢に向け、EF63形に後押しされながら碓氷峠を上る特急「あさま」です。
碓氷峠(25)

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

復刻塗装のEF63形を先頭にした特急「白山」です。
旧丸山変電所横のカーブを曲がります。
碓氷峠(26)

横川~軽井沢 1997(H9).5.18

上の写真とほぼ同じ場所です。
特急「あさま」が坂を下ります。
碓氷峠(27)

軽井沢駅前 1997(H9).5.18

駅前に保存されていたアプト式の10000形電気機関車です。
横川~軽井沢間が電化された1912年から使用を開始した国鉄最初の電気機関車で、後にEC40形と形式変更、鉄道記念物になっています。
wiki- EC40形電気機関車
碓氷峠(28)

中軽井沢 1997(H9).5.18

最後の写真はオマケです。

このページには特急「あさま」がよく登場しましたので、浅間山を背景にした特急「あさま」です。
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参考図書:『日本鉄道名所5 中央線上越線信越線』小学館1986.10発行