津島軽便堂写真館

豊肥線 立野 スイッチバック   日本最大のZ形スイッチバック    高森線

阿蘇山は、カルデラと中央火口丘(阿蘇五岳)で構成され、それを雄大な外輪山が取り囲んでいます。
熊本~大分間の豊肥線は阿蘇カルデラを横断しています。外輪山には1ヶ所切れ目があり、その切れ目の所に立野駅があります。
立野駅には日本最大のZ形スイッチバックがあり有名です。また、立野駅からは高森線(現・南阿蘇鉄道)が分岐しています。
まずは立野スイッチバックの写真をご覧ください。
←国土地理院1/20万-熊本S46/左・大分S46/右を重ねて、その図に撮影最寄駅などを追記しました。
鉄道ファン103号から昭和44年(1969)の豊肥線のダイヤをコピーし、立野を発着する高森線の列車を追記(青線=C12、橙線=DC)
立野-01

立野~赤水 1970(S45).7.30

立野の雄大なZ形スイッチバックの全景です。
熊本方面から阿蘇に向かう列車は、左下の線路を上り立野駅に到着後、スイッチバックで折り返して中央の線路を逆向きに坂を上ります。もう一度スイッチバックして右上の線路を阿蘇方面に向かいます。

写真は2段目のスイッチバックを下り立野駅(左下方向)に向かう、大分発熊本行きの普通列車734Dです。DC4連でした。
立野-02 立野~瀬田 1968(S43).3.20 railbusさん撮影
熊本方面からの9600形牽引貨物列車が、国道57号の下をくぐり、まもなく立野に到着します。手前には立野駅でスイッチバックして、これから上る線路が見えています。
立野-03 立野~瀬田 1968(S43).3.20 railbusさん撮影
左の列車の後ろ姿です。後補機付きの貨物列車が立野に到着します。構内で貨車入換、小休止の後、スイッチバックして手前の線路を逆向き運転で上ります。
立野-04 立野~瀬田 1969(S44).3.26 railbusさん撮影
立野駅に向かって、9600形の後補機付きで奮闘する貨物列車です。貨物量によって熊本から立野or赤水まで後補機が付きました。
立野-05 立野~赤水 1968(S43).3.20 railbusさん撮影
立野駅でスイッチバックし、9600形は逆向き運転で2段目の坂を上ります。写真左上でもう1度スイッチバックします。
立野-06 railbusさん撮影

 立野 1968(S43).3.20

立野駅で停車中の9600形69616です。立野駅は広い構内で、手前から高森線が分岐、奥には貨物ホームもありました。

これらの写真を提供していただいたrailbusさんのホームページは
 ↓

その中で蒸気機関車の写真101枚を厳選したのが【煙の出るアルバム】です。
立野-07

立野~赤水 1970(S45).7.30 

スイッチバックをバック運転で上る9600形牽引の貨物列車です。

熊本方面からの列車は、写真左下の線路を上り立野駅に到着します。貨車の入換と小休止の後スイッチバックし、バック運転で2段目の坂を上ります。もう一度スイッチバックし阿蘇方面に向かいます。

立野-08 立野~赤水 1970(S45).7.30 Nさん撮影

立野のスイッチバックをバック運転で上る貨物列車です。折り返して手前の線路を通ります。上の写真07と同じ列車です。
このときはNさんと一緒に立野を訪問し、別の場所で撮りました。
↑立野-09 立野~赤水 1970(S45).7.30 

上の写真07の続きです。上の方へ上っていきました。
まもなく2回目のスイッチバックをします。
立野-10

立野~赤水 1970(S45).7.30

上の写真09の続きです。2回目のスイッチバックを折返し、赤水への急勾配を上ります。
立野-11 railbusさん撮影

立野~赤水 1968(S43).3.20

上の写真10の約1年半前です。
逆向き運転で左方向へ進んでいますが、速度が遅いので煙は上に上がっています。
まもなく2回目の折り返し点です。
立野-12 railbusさん撮影

立野~赤水 1968(S43).3.20

上の写真11の続きで同じ列車を同じ場所から撮りました。
2回のスイッチバックを終えた9600形牽引貨物列車が赤水に向かいます。
立野-13 railbusさん撮影

立野~赤水 1968(S43).3.20

段々畑越しに見た、山の上を走るDC4連の熊本行き普通列車です。
これからスイッチバックで山を下り、撮影場所の近くへ下りてきます。
立野-14 railbusさん撮影

立野~赤水 1969(S44).3.26

水力発電所の導水管の上を9600形単機回送が渡ります。赤水まで貨物列車を後押しした機関車がバック運転で熊本へ戻ります。

国土地理院の地図で調べると、赤水駅近くの黒川から取水し、導水路(トンネル)でこの山の上まで来て、この導水管で下にある黒川第一発電所へ水を送ります(下地図の中央やや右)。
なお、この導水管は真っ直ぐ下り、この下で高森線の立野橋梁の下をくぐって黒川第一発電所につながっています。
地理院地図のHPより

 国土地理院の「地理院地図」を検索すると地図が表示され、地図中央「+」印の標高が画面左下に表示されます。(左図参照)
移動・拡大して立野付近を調べると立野駅の標高は276.7mです。
立野駅の真上右の踏切の標高を調べると341.8mなので、高低差が65mあります。
スイッチバックにより65mの高低差を稼いでいることがわかります。

なお上写真14の導水管を越える部分の標高は351.8mで更に高くなっています。
↑立野-15 立野  立野~赤水 1971(S46).8.23 Nさん撮影
2段目のスイッチバックを逆向き運転で上る9600形牽引貨物列車です。
 立野-16 立野  1971(S46).8.23 Nさん撮影 →
スイッチバックを下ってきた熊本行きの貨物列車が出発しました。
豊肥線-17 railbusさん撮影

阿蘇~宮地 1969(S44).3.25

阿蘇カルデラを走る9600形牽引の貨物794列車です。
豊肥線-18 railbusさん撮影

 宮地 1969(S44).3.26

宮地駅は阿蘇カルデラの拠点駅で、1964(S39)年まで機関区がありました。
その名残の立派な給水塔、給炭台、転車台が残っていました。
9600形79602が待機しています。


 2026.3.3
 豊肥線17・18の写真を追加しました。
豊肥線19 宮地~波野 1971(S46).8.24 Nさん撮影
東側の外輪山越えです(このページの1番上の地図参照)。雄大な風景で、右に見えるカルデラ平原から上ってきました。九州の鉄道の最高地点にある波野駅(標高755m)へ向かいます。 なお、隣の宮地駅の標高は539mなので、1駅間(10.7km)で216m上ります。(標高は地理院地図で測定)
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参考図書:「鉄道ファン No.103」 1969(昭和44)年12月臨時増刊 交友社
     「スイッチバック大全」江上英樹・栗原 景 編著 2024年8月 誠文堂新光社